2021 Fiscal Year Annual Research Report
Representation of "the Philippines" and refugees in Japanese modern literature
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21J20685
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
金子 聖奈 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 大石千代子 / 織田作之助 / 大岡昇平 / ジェンダー / コロニアリズム / ナショナリズム / 南進論 / 娘子軍・からゆきさん |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は、主に1930年代から40年代にかけて発表された日本近代文学における〈フィリピン〉と、フィリピン/日本を往来する人々の表象を重点的に分析した。 (1)明治期の「南進論」言説と、1930年代後半における「海外飛雄」の言説的な結びつきを精査した。このコンテクストから、大石千代子の長編小説『ベンゲット移民』(1939年)における〈フィリピン〉表象、および仔細な表現のありようを明らかにした。特に注目したのは、日本人の男性移民のナショナリズムの瓦解/回復の過程と、そもそも「国民」の範囲から放擲されている女性の移民、いわゆる「からゆきさん」の言葉である。「南進論」と不可分に位置付けられるフィリピンでの出稼ぎというコンテクストの中で、移民たちがそれぞれのジェンダー規範をいかに位置づけているかをめぐり、分析を進めた。 (2)1943年に発表された織田作之助『わが町』を、テクストの読解だけでなく、周辺の同時代言説との相関関係において論じた。織田の『わが町』も、(1)の大石と同様にベンゲット移民を題材に扱った長編小説である。本作の分析ではむしろ、主人公・他吉の「噛む」という身体性や比喩に、ベンゲットでの記憶が強く刻まれていることを見出し、それが、1940年前後の「ベンゲット移民」に関する社会的言説を引き受けつつもねじれを生じさせるものであることを明らかにした。 (3)1940年代とならんで、フィリピンへの戦後賠償問題が湧き起こった1960年代も重要であるという認識に至った。そこで、大岡昇平『ミンドロ島ふたたび』(1969)の分析をおこなった。海外戦没者慰霊という社会的・政治的コンテクストの中で、主人公がいかにフィリピンでの戦死者を「弔う」地平を開けるのか、いわゆる「歴史主体」論争を起点に、テクストの解釈をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画通り、1930-40年代を中心にした〈フィリピン〉表象に関する分析をおこなった。また、それらの成果を論文によって随時公表することができた。さらに、それぞれの論文によって今後の研究の方向性がインターセクショナリティのあるものへと広げていくことができた。この点で、当該研究はおおむね順調に進展していると判断する。ただし、研究の進展と議論の拡大に伴い、〈フィリピン〉表象と往来する「難民」に関する論点が、まとまりを欠いたものとなってしまっている。日本近代文学における〈フィリピン〉というイメージがいかに構築されてきたのか、議論を拡散させるだけでなく包括的に捉え直すことが必要である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究では、1940年代における戦地としての〈フィリピン〉、1960年代前半における〈フィリピン〉の表象を言説・フィクションの両面から検証していく。 (1)1940年代における戦地としての〈フィリピン〉の表象については、織田作之助の作品研究によって、大阪という銃後において前景化される〈フィリピン〉を論じたが、前線でのそれはどのように表現されているのかはまだ問われていない。そこで、火野葦平の作品に注目して以上の問いを明らかにしたい。火野はまた、フィリピン人作家の作品を日本のメディアに掲載している。作品分析だけでなく、こうした火野の文学活動を捉え直したい。 (2)大岡昇平の作品分析によって、戦後賠償問題や、その後の「歴史主体」論争へのコンテクストへと〈フィリピン〉表象の問題系を投げかけることができたが、戦後賠償交渉が合意してまもない1960年代前半にうまれた文学作品もまた、検討する必要がある。そこで秋元松代「マニラ瑞穂記」(1964)や、大石千代子「ベンゲット道路」(1963)を中心に、1960年代という時代相における〈フィリピン〉表象を考えたい。 なお、上記の研究課題を遂行するため、2022年度はフィリピンとアメリカにおける資料調査を予定している。
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