2022 Fiscal Year Annual Research Report
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22J20924
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
長谷部 圭人 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | フランス史 / 医療社会史 / メディア / 出版文化 / 論争 / 公衆 / 文化史 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年次である本年度は以下の三つの課題を並行して行い、それぞれ成果を得た。 第一に、ラ・コスト『天然痘の種痘に関する手紙』(1723)からラ・コンダミーヌ『天然痘の種痘に関する覚書』(1754)までの関連史料を時系列に整理し、種痘論争初期史を再検討した。フランス王国内における当時の政治・社会情勢の変化、特に摂政オルレアン公フィリップの死や、内科医・外科医論争を筆頭とする他の医学論争が種痘論争に与えた影響を具体的に解明した。本課題については既に雑誌論文で成果を公表している。 第二に、18世紀中葉に創刊された二つの医学専門誌『ジュルナル・ド・メドゥシーヌ』と『ガゼット・サリュテール』が種痘論争において担った役割について分析した。調査の結果、両誌は他の定期刊行物と同様、種痘論争の論者と公衆を仲介する役割を果たし、読者の関心を惹くための様々な工夫を凝らしていたことが判明した。だが重要な点は、より多くの読者に自らの公的有用性を訴えるため、パリ大学医学部の内科医が種痘論争というトピックを利用し、従来管轄外であったジャーナリズムを自家薬籠中の物にした事実である。したがって医学専門誌は、種痘の問題に限らず、18世紀フランスにおける医学と公衆の関係全般を考えるうえで重要な史料と言える。本課題については既に研究会で口頭発表を行ったうえ、雑誌論文で成果を公表している。 第三に、種痘論争における「公衆」概念の歴史的変遷について分析する作業に着手した。1754年以前の論者は基本的に「公衆」を医学的・政治的権威を指す語彙として使用していたが、ラ・コンダミーヌ演説以降、「公衆」は読者やオーディエンスという意味も包含するようになり、論者によって指示対象の異なる複雑な概念となったことが判明した。本課題については現在も取り組んでおり、来年度に雑誌論文で成果を公表する予定だが、既に複数の研究会で口頭発表を行っている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2022年度の研究活動もCOVID-19の影響が継続していたものの、概ね当初の計画どおり研究を遂行できた。 まず研究成果の公表については、口頭発表3件と雑誌論文2件を今年度中に公表したため、順調に進んでいると言える。成果には他分野の研究会における口頭発表も含まれているため、学際的な交流を行うという当初の目標は、当初の想定以上に早く達成できたと言える。他方、海外でのオンライン発表については、開催される機会自体が減少していることもあり、今年度中には叶わなかった。これに関しては来年度、現地での研究発表を予定している。 史料調査に関しても、文書館での手稿史料の調査はそれほど着手できなかったものの、当初から対象コーパスに据えていた印刷史料の方から様々な収穫が得られている。とりわけ修士論文の対象時期よりも後の時代、即ち1774年以後の種痘論争関連史料を複数発見し、アクセスできた点は特筆に値する。この最も先行研究の少ない時代についても研究を拡大する目処がたっており、本研究のオリジナリティがさらに向上することが予想される。 総括すると今年度は修士論文に引き続き、出版メディアを史料の中心に据え、その成果を公表した一年と言えるが、視聴覚メディアに関しても一定の研究成果を得た。特にラ・コンダミーヌのエゴ・ドキュメント研究に着手したことで、社交空間における種痘論争の展開に関する具体的な手がかりが得られた。社交界における種痘論争については、今後もジョフラン夫人のサロンに関する史料やガッティをはじめとする宮廷医師のエゴ・ドキュメント等を参照することで研究を進めていく所存である。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度は、COVID-19による諸制約が比較的緩和されたことを受け、これまで対象コーパスとしてきた印刷史料だけでなく、手稿史料についても着手する予定である。 来秋より研究委託制度を利用し、フランス・ストラスブールに滞在する予定である。そのため、ストラスブール大学歴史学部のアントワーヌ・フォラン教授の研究指導を受けながら、当初より対象地域に設定していたフランシュ=コンテ地方における種痘論争の地域的展開について調査を開始する。具体的にはブザンソン高等法院の裁判記録や地方アカデミーの議事録、ブザンソン大学医学部の内部資料や病院の記録等を渉猟する。こうした調査を通じて、18世紀における同地の医療体制全体に焦点を当てながら、地方長官ラコレが1765年以降、内科医ジロに行わせた種痘の集団接種に関する研究を展開する予定である。最終的に、このようなケーススタディを通じて、フランスにおける集団接種をめぐる議論を種痘論争との相関関係のなかで捉えることも目標としたい。 また、ボワルギャール『整形外科学』を筆頭に内科医の執筆した「身体教育書」における天然痘をめぐるナラティヴの変遷についても検討する予定である。即ち、これは種痘がいつ、どのように子供の身体教育のカリキュラムに組み込まれたのか、という問題である。他の天然痘に対する対処・予防法との関係にも注目しつつ、医学を以て身体を矯正する「身体教育」のナラティヴがどのように構築され、種痘をどのように正当化したかを分析していきたい。 以上の二つの研究課題と並行して、口頭発表・論文投稿も積極的に行う所存である。既に決定している日本西洋史学会での口頭発表に加え、雑誌論文を投稿するほか、海外での研究発表も計画している。
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Research Products
(5 results)