2022 Fiscal Year Annual Research Report
ポストゲノム医療の時代における「遺伝情報」の位相と課題に対する社会学的考察
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22J23618
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
丹上 麻里江 立命館大学, 社会学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | 遺伝 / ポストゲノム研究 / 生物医療化・遺伝子化論 / 環境 / 社会文化構造 / 多様性 / 生命観と社会思想 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、人びとを新たな形で差異化する今日の遺伝概念を軸に、人の自己把握の問題と社会との関わりについて検討するものである。初年度は今後の調査を見据えた上で土台の理論固めに力点をおき重要概念を整理し、一次資料の収集と歴史の批判的検討作業を進めた。前者については、遺伝の知を中心に今日の社会で重要性を増している諸概念、具体的には、遺伝的な多様性や遺伝言説の社会化、医療の生物学化・遺伝学化などを主題化し、国内学会にて口頭発表を行った。多様性の概念は、生物多様性にはじまり、本邦でも用語としては定着して既に久しいが、近年ではその使用の拡大が著しく、性の多様性や神経学的な多様性など、様々な観念と結合して社会的に異議申立てがされてきた。しかし遺伝的多様性については、今日ではまだ一般に開かれ拡散浸透するというよりも、臨床で医療者から患者や家族等に対して語られたり、遺伝性疾患や病理的な変異に悩む当事者らの集まる場で新たな「専門家」らによって語られる用語となっている。20世紀からの科学が解明した遺伝的な諸個人の記号的生物学的な識別法は本来、差異の体系そのものに根付いている。しかし表現型での意味解釈はときに決定的な作用をもたらす。カウンセラー等の新たなアクターを迎合した専門家は多様性という用語によって不平等の緩和を目指すが、当事者にとっては多様な差異の絶対性こそが強調される形で響き、結局のところは排除の図式を強めている側面があることが見えてきた。また、集合を捉える視点では、遺伝を軸とした課題は人類を通して共通する普遍性と、人種やエスニシティといった概念とともに、かえってその差異を浮かばせていく個別性との両義性を孕む。この特徴は政治社会的な文脈とも深い関わりを持つことから、現代における遺伝の本質を掴むためには、改めて歴史の批判的な再検討が不可欠であると考えられた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
初年度の課題である重要概念に関する理論整理は概ね達成し口頭発表等によって報告したが、学術論文としての発表が次年度にずれ込んでいるため。また、課題を共有する国際学会に対しても初年度にアプローチしたため、次年度ではより積極的な学術交流と研究内容の発信、成果発表を行う。海外での研究動向を踏まえた国内に対する成果報告も行っていく。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度は遺伝の知を中心化した諸概念、例えば遺伝的な多様性や医学の生物学化・遺伝学化などのテーマを主題化し、理論的に深掘りすることおよび、通説とされてきた史的理解の真意を批判的に探るために、国内外の資料収集や現地調査を行った。次年度では耕したそれらを基盤に、議論の組み立てと実践的な調査を進める。理論的にはまず、生物学と社会思想、社会学の黎明期とその関係性に改めて焦点を当てることをスタート地点に設定する。その視座と課題意識は20世紀の社会病理に対峙し、戦争と革命とを対象化する中で「19世紀的な発展の観念」の理念的実質的な重要性を重く見たアレントにも重なるが、その上で方法的に医学医療との関わりからの社会分析に立脚する立場から、特に18世紀中葉からフランス・ポスト革命期へ、19世紀から大戦の時代へ、戦後から21世紀へ、といった大まかな時代区分ごとにその変遷を追いながら分析する作業を進めていく。それと並行させて、本研究がテーマとするポストゲノム研究以後の我々の生の諸相について具体的な事象を分析対象とし事例研究を進める。その双方によって挟み込んでいく形で議論が接続されることを本年度の到達地として目指す。
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