2011 Fiscal Year Research-status Report
16世紀数学論の学問論的特質と射程に関する歴史的・哲学的研究
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23501208
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
東 慎一郎 東海大学, 総合教育センター, 准教授 (10366065)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 国際情報交流(ヨーロッパ) / ルネサンス / 科学思想 / 数学論 / A. ピッコローミニ / 中世数学論 / 数学的論証 / アヴェロエス |
Research Abstract |
当該年度の目標は,16世紀の数学論に関して,これまで未着手であった幾つかの問題を解決することであった.(1) 16世紀の注釈者M. ツィマラの数学論に関しては,そのソースであるラテン語版アヴェロエスの数学論と比較し,大体前者は後者の思考の基盤に依拠していることが明らかにできた.特に,『分析論後書中注釈』の数学論では,アヴェロエスが数学的論証における原因の種類について,ツィマラ自身の立場とよく似た立場をとっていたことがわかった.こうした結果は,16世紀の数学論全体を理解する上で重要なステップになる.当時しばしば引用されたアヴェロエスであるが,それが当時の科学論や認識論にとっていかなる強靱かつ詳細な参照基盤と思考の出発点を与えたかが,具体的に示された. (2) 16世紀のA. ピッコローミニの数学論に関しては,その重要な存在論的背景をなしている『自然哲学』(1565年版)の不定量をめぐる議論について分析し,それが大体において,アヴィセンナに対するアヴェロエスの反論(『天球実体論』)に基づいていることが,これまでよりも詳細に裏付けられた.この成果は,ピッコローミニのみならず,16世紀後半のペレリウスやコインブラ注釈者達の思考の源を理解する上でも重要である.同時に,この成果により16世紀におけるアヴェロエスの広範な受容が例証されたことにもなる.アヴェロエスの緻密な分析的精神と合理的自然理解は,中世哲学において受容されただけでなく,ルネサンス科学思想においても大いに関心をもって読まれていたことが,具体的に理解できる. (3) 盛期中世のトマスやアルベルトゥスの数学論についても,これまでの研究成果以外に,その数学的証明に対する高い評価を浮き彫りにできた.同様に,14世紀のビュリダンにおいて,ピッコローミニと似た結論が出されていたことが明らかにされた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「平成23年度交付申請書」に照らし合わせれば,ほぼ計画通りに研究成果が上げられたと判断できる.そこでは,(1) ツィマラの数学論におけるアヴェロエスの影響の調査,(2) ピッコローミニの自然哲学における量の位置づけの精査,(3) 数学的証明の学問論的性格をめぐる議論の前史の検討,を年間の研究課題としてあげていたが,これらに関しては,上記「研究実績の概要」で記したとおり,いずれも年度中に一定の成果を上げることができた. 同時に,研究課題を発展させるのに役立つ新しい研究課題も生まれた.ビュリダンのような後期中世の数学論が,いかなる経路(人物や出版物)で16世紀の数学論へと伝わったのか.あるいは,アヴェロエスの数学論の16世紀へのインパクトの規模はいかなるものなのか.こういった課題は,本年度の作業の延長線上に位置し,継続的に探究すべきテーマである.
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Strategy for Future Research Activity |
【次年度予算からの繰り入れ出費について】今年度は出費額が支給額を若干超過し,次年度予算から繰り入れて出費したが,これは,一次資料の一部(ルネサンスの学問論史に関わる)の複写費が予想より高かったための,やむを得ない処置であった. 【次年度の研究推進方策】次年度は,当初の予定通り,ピッコローミニの『機械学パラフレーズ』(1547年)に見られる学問論を研究題材とし,それをルネサンス力学史および学問論史の中に位置づける作業へと移行する.まさしく科学革命の助走になるような分野において,どのような意識あるいは自己規定をもちつつ,学者たち――人文主義者,そして機械学者たち――が新しい力学を開拓していったのだろうか.この問題は,17世紀に全面開花することになる近代力学,およびその背後にひそむイデオロギー――客観性の追求,曖昧さの追放,あるいは操作的,支配的自然観――について理解を具体化する上で重要となる.数学的自然科学はどのような役に立ち,どのような限界を持つのかについて,ルネサンスの学者たちはどれくらいよく見通していたのか,検討する. 【最終年度における研究計画の修正】最終年度では,平成23年度の申請書通り,ピッコローミニの『市民教育論』における数学論と学問論の調査を行い,他方で3年間の研究成果を発表するための論文を準備するが,同時にルネサンス学問論全体へと視野を広げた研究も遂行する.ルネサンスの数学論は,古代中世のアリストテレス主義以外にも,ルネサンス人文主義の学問論からも多くのものを汲み上げていたのかもしれない.修正後の計画では,具体的事例として,ペトラルカの『自らの無知について』,そしてルネサンスの医学-法学論争を取り上げ,知の比較査定の方法などの議論の道具立てや思考法について調査検討する.その成果は,16世紀の数学論についての研究成果をより詳細に論証するのに役立つだろう.
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
(1) 上記修正分も含めた,平成24年度研究計画の効率的遂行を念頭に,まずヨーロッパ初期近代科学史・科学思想関連の図書購入を続ける.科学史,科学思想史プロパーの書籍以外に,ルネサンスや初期近代以外の時代を対象とした科学史および科学社会学,ルネサンスと17世紀の哲学史,更には現代のSTS研究や科学論・技術論にまで視野を広げ,それらに関連する文献を収集し調査する. (2) 同じく,ルネサンス科学思想に関する一次資料の複写も進めてゆく.中世から17世紀までの力学史,数学史,哲学史関連の資料を念頭に置いている.また,今後の研究計画を踏まえつつ,ルネサンスの人文主義者達の著作を,その数学論や学問論との関わりから選び出して複写,分析してゆくことも必要になる. (3) 国内の関連学会や,同分野の研究者に研究上の意見を頂くための出張も計画している.日本科学史学会年会,ルネサンス研究会には出席予定である.また,佐々木力元東京大学教授(数学史,ヨーロッパ科学史一般)を訪問し,現在の研究課題をめぐる専門的知識の提供を要請する予定である.
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