2012 Fiscal Year Research-status Report
13世紀イギリスにおける聖顔信仰の成立と展開:イメージと宗教的実践に関する研究
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23520119
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
木俣 元一 名古屋大学, 文学研究科, 教授 (00195348)
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Keywords | 聖顔 / ヴェロニカ / ヨハネ黙示録 / 詩編 / イギリス / 13世紀 / フランス / ゴシック |
Research Abstract |
平成24年度は、主として以下のような成果を挙げた。1260年代にイギリスで制作された《グルベンキアン黙示録》で、小羊が第六の封印を解く場面に対応する註解に付された挿絵に注目した。この挿絵では、終末論的文脈、キリストの受肉と受難、異教徒の神の僕としての召命とユダヤ教徒の拒絶などの、救済の完成へ向かう包括的なナラティヴが、ヴェロニカというイコンを取り巻く。したがって、この挿絵の聖顔は、ハーバート・L・ケスラーに倣って、「ナラティヴのなかのイコン」と呼べるだろう。また、このヴェロニカの半透明性は、質料と形相、キリストの人性と神性、地上と天上、現在と未来=終末など、様々な二項対立を結びつつ造形表現へ置き換えたもので、タイポロジカルな視覚的プロセスとして、不可視性から可視性へと転換する歴史的過程と結びつくものである。それは、キリスト教徒にとっては、神の姿を見ることができなかった旧約聖書から、受肉により神が可視化された新約聖書への移行であり、イメージを介して神を間接的に見る現在から、神の直接的ヴィジョンを回復する終末への移行でもある。他方、ユダヤ教徒にとっては、彼らの目を覆って救済の真実を隠すヴェールが、彼らがキリストの方へ顔を向けることで取り去られる可能性を示すものでもある。聖顔に導入されたこのような時間性を、「イコンのなかのナラティヴ」と名づけた。盛期中世の西欧という辺境に位置づけられた人々が、キリスト教的な救済の歴史全体における自身の位置づけに強い意識を抱いたとき、イメージに対する強い意識も合わせて形成されたのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年度に予定していた課題をある程度実施に移すことができ、研究成果も論文や著書として刊行することができた。ただし、予定していた図書館や美術館での実地調査が実施できなかったため、次年度以降の課題となっているという状況がある。以上のような理由から上記のような達成度を選択した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、12世紀末から13世紀中期にかけての西欧における聖顔(ヴェロニカ)信仰の諸様相を詳細に跡づけ、その成立および展開の状況や過程を当時のイギリスで流通していた図像やテクストを通じて緻密に再構成する。また、なぜイギリスで発展したのか、それがどのような意義を担っていたのか、当時の歴史的背景として終末論に関わる思想や、アングロ=サクソン以降の地域的伝統との関連で説明しようと試みる。さらに、これらのヴェロニカのイメージが位置づけられる個人的祈念における宗教的実践の諸様態を明らかにすることをめざす。西方キリスト教世界における聖顔(ヴェロニカ)信仰が、従来の考え方とは異なり、12世紀末から教皇庁を中心に推進されたのではなく、13世紀中期のイギリスで独自に成立・発展したことを確証し、その諸様相を、以下の5点を軸に考察することで、西方におけるイメージ礼拝の歴史に位置づける。①聖顔図像と祈祷文の成立過程、②11世紀アングロ=サクソン期の思想や美術の伝統に基づく、「三位一体」を核とするキリスト教正統の信仰表明との関連、③聖顔信仰と様々なコンテクストを共有し、同時期にイギリスで多数制作された『ヨハネ黙示録』写本との関連、④詩編写本の使用様態や詩編註解における「神の顔」に関する神学思想との関係、⑤世俗の「読者=観者」の成立による個人的祈念の展開における位置。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度には、以下のような項目を実施する。 聖顔を含む写本リストに基づき、海外の図書館やモニュメントで現地調査を進める。プリンストン大学Index of Christian Artなどのキリスト教図像データベース、フランス国立図書館写本室、シャルトル、パリ、ランス大聖堂等での調査を通じ、12世紀末から13世紀末にかけてのイギリスおよびフランス北部で流通した「栄光のキリスト」図像に関して資料を収集・整理する。上記の項目の実施と並行して、聖顔信仰との関連性について考察を進め、研究論文としてまとめて研究成果を公表する。13世紀中期イギリスにおける聖顔信仰と11世紀の同地域におけるキリスト教正統の信仰表明との関連性に関して、とくに「栄光のキリスト」に関わる図像や思想に基づく考察を進める。13世紀中期以降イギリスで制作された『ヨハネ黙示録』写本に関して、とくにヨハネによる「天に開かれた扉」を介しての幻視と、黙示録末尾におけるヨハネと神との対面に関連する主題の図像表現を中心に聖顔信仰の関連性について考察を進める。J.-P. Migne, Patrologia latinaなど、キリスト教教父学関係のテクスト・データベースを用いて、11世紀から12世紀末に至る詩編註解に多数みられる「神の顔」に関する註解の収集・整理をまとめ、父の不可視性、父と子の相同性や派生関係、子の受肉、終末における神との「顔と顔を合わせて」の対面といったテーマを通じた聖顔信仰との関連性についての考察をさらに進める。写本をプライヴェートな状況で前にした世俗の「読者=観者」という新しい受容者の登場、個人的祈念という文脈における詩編集・黙示録写本の使用様態とイメージとテクストの関係から聖顔信仰について考察を終える。
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