2011 Fiscal Year Research-status Report
フランス古典主義の成立に関わるリシュリューの政策と画家プッサンの役割
Project/Area Number |
23520126
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
望月 典子 慶應義塾大学, 文学部, 講師 (40449020)
|
Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
|
Keywords | フランス美術 / 古典主義 / ニコラ・プッサン / 古代美術 / リシュリュー枢機卿 |
Research Abstract |
本研究は、ローマを拠点に活動していたフランスの画家プッサンが、17世紀フランス「古典主義」美術の成立に果たした具体的な役割について、ルイ13世の宰相リシュリュー枢機卿の芸術政策との関わりから解明することを目的としている。初年度は、リシュリュー枢機卿が推進していたフランスへの古代美術の移入事業に、画家プッサンが早い時期から参入していたことを、以下の3点から明らかにした。(1) リシュリューの古代美術蒐集活動の実態 (2) リシュリューの蒐集活動に関わっていた美術家とプッサンの交友関係 (3) 同時期のプッサンの作品の分析、である。(1) については、1633年に枢機卿がローマから購入した百点以上の古代彫刻について、その購入記録などの一次資料を精査するとともに、ローマからの出荷以前にこれらの古代彫刻を素描し、枢機卿に送ったA.カニーニによる素描集成 (ルーヴル美術館) の調査を行ない、具体的な蒐集内容を分析した。(2) については、状況証拠ではあるが、カニーニとプッサンが同時期にドメニキーノの工房に通っていたこと、フランスへ輸出する古代彫刻の修復を任されていた彫刻家A.アルガルディとの関係、枢機卿のローマでのエージェントとの関係から、プッサンが枢機卿の古代美術蒐集に当初から関与していた可能性を確認した。(3) については、プッサンが同時期の作品群においていかに古代美術を制作原理として用いているかを考察し、その成果の一部をフランスの雑誌に投稿した。プッサンの古代美術に対する態度には、絵画制作のための美学的なアプローチと、フランスへの古代美術導入の仲介という実際的なアプローチの二つの側面があり、本研究は両側面から分析を行なう点に独自性がある。初年度の調査によって、フランス「古典主義」美術の本源としての画家の役割を明らかにするという、研究全体の目的の基礎固めを行なうことができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リシュリュー枢機卿の芸術政策に対して、プッサンが当初から協力関係にあり、フランスへの古代美術の導入を通して、フランス「古典主義」の成立に意図的に関与していた可能性を明らかにすることを目的とし、初年度は、リシュリューの古代美術蒐集の実態について、一次資料の収集と分析を行なった。当時のプッサンの交友関係については、まだ不明な部分があるとは言え、当初の目的を達成することができた。不明点については次年度以降も継続調査を行なう。なお、次年度の予定としているプッサンによるルーヴル宮大回廊(グランド・ギャルリー)の装飾事業については、初年度にも関連調査を実施することができた。具体的には、フィレンツェのラウレンツィアーナ図書館所蔵のザッコリーニ手稿の調査である。イギリスの旅行者R.シモンズ (カニーニと知合いであった) の記録によると、プッサンは、ローマのパラッツォ・ファルネーゼのガレリアに描かれたヘルメ柱やメダイヨンの光と影の表現を賞賛しており、大回廊装飾の際の手本としたと考えられる。プッサンが,とりわけ、光と影について学んだのは、ドメニキーノの遠近法の教師、マッテオ・ザッコリーニの手稿であった。プッサンはこの手稿の写しをルイ13世 (実際にはリシュリュー枢機卿) によるフランス招聘の際にパリに持参しており、そうした事実からも、この手稿の重要性と、ルーヴル宮大回廊の装飾やフランスの画家・理論家たちへの影響を看過することはできない。次年度に予定している研究調査の一部を前倒しで実施できたことから、おおむね予定どおりに,部分的には当初の計画以上に進捗していると言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究としては、まず、ルーヴル宮大回廊(グランド・ギャルリー)の装飾とそのためになされた古代美術複製事業について資料収集・作品調査を行なう。リシュリューは、古代美術をフランスに移入すると同時に、フランス絶対王制のプロパガンダとして重要なルーヴル宮大回廊の装飾にプッサンを起用した。枢機卿の片腕である王立建造物長官スュブレ・ド・ノワイエは、ルーヴル宮装飾のために画家をパリに呼び寄せ、ローマでの古代美術の複製鋳造と素描製作を手配した。大回廊の装飾は、天井ヴォールトにトラヤヌス帝記念柱の浮彫の複製をはめ込み、さらにヘラクレスの物語連作をグリザイユで古代浮彫風に描くものであった。本質的にタブロー画家であるプッサンの装飾計画は、イタリア・バロックの錯視的な天井画とは異なり、枠に入った物語画のパネルを適切な鑑賞距離で配置して「読ませる」ものである。これが枢機卿の意図を汲んだ構想であることを検証すると同時に、古代美術を用いたプッサンの「古典主義」の手法を分析する。画家は、S. ヴーエらの嫉妬に嫌気がさし、2年足らずでパリを去るが、画家の書簡や伝記を精読すると、ローマに戻ってからも古代美術複製事業の監督をし、ルーヴル宮装飾用の素描を提供し続け、国王主席画家の身分に固執していたことが分かる。一次資料に基づき、フランスと関わる画家の活動について再構成を試みる。また、1638年と45年には、プッサンの友人F. ペリエが古代彫刻・浮彫の版画集を出版したが、これらは、フランスの美術家と愛好家に向け、芸術的に価値あるものを「選別した」最初の集成として重要である。プッサンは、このような版画集に掲載されている古代美術から想を得た作品を描き、母国の美術愛好家に送ることで、古代趣味を推進する役割を果たしていたと考えられる。この点について主に1640年~50年代に描かれた画家の作品の分析から明らかにしていく。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費 (直接経費70万円) の使用計画は下記の通り。上に記した資料収集および作品調査を行なうため、2~3週間程度の海外調査費用 (パリ、ローマ) として40万円、関連書籍の購入および一次資料のコピー (マイクロ資料あるいはデジタルデータでの入手) のための予算として合計15万円、成果発表のための欧文翻訳・校閲代として10万円、論文掲載用の写真掲載許諾料として4万円、その他通信費に1万円を予定している。なお、次年度使用額 (14,635円) が生じているのは、初年度に注文した書籍が取り寄せ中で、まだ入手できていないためである。
|
Research Products
(1 results)