2011 Fiscal Year Research-status Report
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23520208
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
坂田 美奈子 東京大学, 総合文化研究科, 特任研究員 (30573109)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | アイヌ / 口承文学 |
Research Abstract |
本研究の目的はアイヌ口承文学の物語内容をアイヌ口承文学に内在的なルールに基づいて解釈する方法論を提起することである。具体的には、ジャンル横断的に現れるモチーフや話型を意味の単位として想定し、それらを共有する物語間の参照関係に着目しながら具体的な個々の物語を読むことによって、複数のヴァージョンの存在という口承文学の特徴を尊重しつつ、個々の物語を理解するという道を開くというものである。 初年度はアイヌ口承文学において有意味なモチーフおよび話型を収集するための基礎作業として金成マツ・ノートの資料収集を中心的に行った。北海道立図書館にマイクロフィルムの形で所蔵されている「知里真志保遺稿ノート」のなかに、金成マツが甥の知里真志保のために筆録したノートがある。その大部分は未公刊で、翻訳・紹介されていない。内訳は散文説話115、神謡6、英雄叙事詩8、シノッチャ6、その他44である。大部分が散文説話である。英雄叙事詩が少ないのは、金成マツが英雄叙事詩のレパートリーを金田一京助のために筆録しているためである。神謡が少ないが、散文説話のなかにはカムイ・ウエペケレ(神々の自叙による物語)が多く含まれている。カムイ・ウエペケレは神謡のサケへ(リフレイン)を省いたもの、ともいわれている。 作業はノートを複写してPDF化し、翻刻・翻訳し、モチーフ・話型を抽出してエクセルにまとめるという手順で進めている。一つの物語は複数のモチーフの組み合わせによって構成されているが、エクセル表にすることで、どのモチーフがどのモチーフや話型と組み合わさって現れるのか、といったモチーフ連関や物語間の参照関係が検索可能になる。作業は現在も継続中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の想定以上に資料の量が膨大であり、翻刻・翻訳作業が遅れている。したがって、初年度に計画していたモチーフ相関図の作成という段階に到達することができなかった。しかしながら、現在までにサンプル的に翻訳した限りでも、いくつもの再帰的に登場するモチーフが抽出できた。六悪人、子のない夫婦、妻の略奪など、複数の異なる物語に繰り返し登場するモチーフが数多く確認できている。モチーフを共有する物語群は、一見互いに無関係なテーマについて語っているが、共有されたモチーフを軸に比較すると、アイヌ口承文学独特の世界認識の在り方がみえてくる。 例えば妻の略奪というテーマについてみてみると、略奪者は異なるコタンのアイヌ、カムイ(神々)、和人、と様々である。なかでも和人によるアイヌの人妻の略奪というモチーフは、近世に多く見られた和人によるアイヌ女性の妻妾化という史実を想起させるために、よく知られたアイヌ‐和人関係史に単純に還元されがちである。しかしながら、アイヌ口承文学のコンテクストに位置付けるならば、このモチーフは神や悪神、他地域のアイヌなど、和人に限らず、コタンとその外部との関係という伏線を持つことに気づかされる。このような視野を開くことによって、近代以前に国家を形成せず、コタンが政治的社会的単位であったアイヌ社会にとって世界がどのように構成されていたのかを想像することが可能になる。 以上のように、アイヌ口承文学において再帰的に表れるモチーフを抽出・収集し、それに基づいて個々の物語を読解することが、かつてのアイヌ社会の目で歴史を見つめるための有力な手がかりになることを予感できた、という点が現時点での達成であり、本課題を進めることは文学・歴史学といった学問分野を超えてアイヌ研究、先住民研究に大きな貢献になるだろうと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
金成マツ・ノートの内容的な分量が想定を大幅に上回っていたため、この資料群の調査には当初予定していたよりも多くの時間が必要となることがわかった。したがって研究計画を以下のように変更する。 本課題の研究対象は金成マツ・ノートにとどめ、最終年度に予定していた他地域の伝承との比較研究については今後の課題としたい。 平成24年度は今年度に収集しきれなかった資料を収集し、引き続き資料整理(翻刻、翻訳、モチーフ・話型抽出)を行う。金成マツ・ノートは現在調査中の知里ノートに含まれているものと金田一京助採録ユーカラノートという資料群に含まれているものとがある。後者は二風谷アイヌ資料館に所蔵されており、北海道立図書館にはマイクロフィルムが所蔵されていて、閲覧が可能である。その多くは翻訳刊行されているため、金田一ノート中の金成マツ・ノートについては刊行されたテクストを利用してモチーフ抽出を行う。 平成25年度には以上の資料を総合してモチーフ相関図を完成させたい。金成マツ・ノートの口承文学に再帰的に現れるモチーフ、話型、さらにはそれらがどのような組み合わせで現れるか、といったことがわかるような一覧表を作成する。その上で、これを利用しながらモチーフ間関係、モチーフ・話型関係などに基づいて物語を読み解き、アイヌ口承文学解釈の実践例として提起したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
今年度、資料調査を行った金成マツ・ノートの分量が当初の想定を上回っていたため、資料収集が予定よりも遅れた。今年度研究費の繰越金(約4万円)は、次年度に、残りの資料を収集するために使用する。北海道立図書館所蔵「知里真志保遺稿ノート」のなかの金成マツ・ノートの複写は今年度で完了させる予定である。 次年度の研究費は、上記資料調査のための旅費(東京‐札幌間)、参考図書購入費にあてる。参考図書はアイヌ研究関係図書と国内・海外の口承文学研究関係書籍が中心になる。
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Research Products
(3 results)