2013 Fiscal Year Research-status Report
想像力の作用を基盤に据えた20世紀以降のジャンル論的批評と物語理論の展開
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23520285
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
鈴木 聡 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (80154516)
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Keywords | 物語言説 / ジャンル / 虚構テクスト / 想像力理論 |
Research Abstract |
本研究においては、主に英語圏における既存の文学研究、文学批評のうちにあって伝統的に確立してきたものと見なされる精読の方法をじゅぶんに踏まえたうえで、それをさらに徹底化し精緻化する試みをつうじ、従来の研究において説明困難と考えられてきたテクストにも有効に対処できるようにするとともに、狭義の文学的テクストにとどまらない、より広汎な意味における物語言説の分析に応用し得る方法論の構築をめざしている。さらにその過程にあっては、主として虚構テクストに関連するジャンルの問題と、人間の想像力の機能をめぐる一般的理論の可能性、方向性にも考察を加え、古典的作品のうちに今日的意義を見いだすことも副次的な成果として期待される。 上記のような目的に則って研究代表者(鈴木聡)が単独で遂行する計画であるため、前年度に引き続き、研究代表者による利用を前提として基礎資料をなるべく網羅的かつ継続的に蒐集することを第一に心がけた。それらの資料の蓄積にもとづき、またそれらを詳細に読解する日常的な試行をとおして、研究を着実に進捗させ、その各段階において論文としてまとめ、発表することとした。平成25年度には、「霧と変化──ヴラジーミル・ナボコフの『荒涼館』論」と「指標と伝言──ヴラジーミル・ナボコフの「ヴェイン姉妹」」という二篇の論文を発表した。チャールズ・ディケンズの長篇小説『荒涼館』にたいするナボコフのアプローチは、この作品を「社会小説」として読むエドマンド・ウィルソンなどとは対極にあり、あくまでも、錯綜した物語を手際よく進行させるために作者が駆使している手法の徹底的分析に専念しようとしたものである。いっぽう、ナボコフの短篇小説「ヴェイン姉妹」は、異界とのコミュニケーションという破天荒な物語すらも強靱な制禦のもとに置き得るという作者の意志あるいは自信を実体化したテクストと呼ぶことができる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成25年中に二篇の論文を発表した。一篇は、ヴラジーミル・ナボコフの講義内容にもとづきつつ、チャールズ・ディケンズの長篇小説『荒涼館』にかんする彼の議論から、虚構テクスト全般にたいする彼の姿勢とその特性、ならびに問題点を照射しようとしたものである。複合的な語りの構造により、十九世紀中葉のイングランドがかかえた宿痾とも呼ぶべき諸問題をパノラマ的に眺望したディケンズの作品を分析するにあたり、ナボコフは、主として作者が駆使した手法に着目して精緻な分析を施すいっぽう、このテクストを主題論的に分析することはめざしていない。もう一篇の論文においてはナボコフの短篇小説「ヴェイン姉妹」をあつかった。この特異な短篇小説は、いわゆる「信頼できない語り手」という類型を巧みに利用して、語り手=主人公が絶対に知覚し得ない異界から送られたメッセージが語り手自身の言葉のうちに実体化していたというアイロニカルな真相を、細心な読者のみが読み取り得るように周到に仕組まれたテクストである。 ヨーロッパ文学の正典的テクストを教材としたナボコフの講義録をとおして、他の書き手による虚構テクストを読むにあたっての彼の着眼点、その限界性、各テクストの美学的独自性などを綜合的に解き明かそうとする試みは昨年度より着手されたものである。また、この作業と並行して五十数篇と見積もられるナボコフの短篇小説を一篇ずつ分析する作業も続行中である。以上の点から見て、本研究の目的達成に順調に近づいているものと考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
想像力理論と物語理論の全体的構想に重大な示唆を与えるものと期待されるヴラジーミル・ナボコフの短篇小説(ならびに未完の長篇小説『ローラのオリジナル』)の主要なモティーフ、テーマ、頻出するパターンを俯瞰的に展望することは、今後の研究に裨益するところが大きい。この方向における研究はなおも継続するべきであろう。ナボコフがコーネル大学等において行なった講義(授業題目「ヨーロッパ文学の巨匠たち」など)を有用な手がかりとしつつ、十九世紀以降の長篇小説ジャンルの変遷ならびに進化の過程を追究する作業も並行して行なう必要がある。今年度はチャールズ・ディケンズの長篇小説『荒涼館』を取りあげたので、来年度はナボコフがその次に取りあつかったギュスターヴ・フローベールの長篇小説『ボヴァリー夫人』を対象とする予定である。専門分野以外の知見を幅広く取り入れる必要性を踏まえ、研究目的達成のために有益と考えられる日本英文学会、日本ナボコフ協会等の大会、例会、研究会に可能なかぎり出席する。年代の古い文献、稀覯書などについて、他機関所蔵の資料を閲覧、複写する場合があるが、複写にあたっては著作権にじゅうぶん配慮し、流出することがないよう最大限留意する。 今後の研究計画に関連する研究書、研究論文は夥しく存在するので、必要に応じ、伝記、書簡、日記などの基礎的資料を含めて網羅的かつ系統的に入手することを念頭におく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当初購入予定であった図書が当該年度内に入荷しないことが判明し、他の図書と差し替えたたため。 翌年度分予算と併せ、当該年度内に購入できなかった図書の購入に充てる予定。
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