2011 Fiscal Year Research-status Report
ウィリアム・バトラー・イェイツの超自然演劇における表象構造に関する研究
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23520286
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture and Technology |
Principal Investigator |
佐藤 容子 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (30162499)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | W.B.イェイツ / サウンド・シンボリズム / 能 / スピリチュアリズム / フォークロア |
Research Abstract |
本研究の目的は、アイルランドの詩人・劇作家・神秘家であるウィリアム・バトラー・イェイツの超自然演劇における複合的な表象構造を明らかにすることである。詩の語りの力、音楽、舞踏の三要素で構成される、反リアリズム演劇としてのイェイツの詩劇を、イェイツが体系的に用いている「サウンド・シンボリズム」に着目し、十九世紀後半から二十世紀初頭の欧米の知的風土に浸透した「スピリチュアリズム」、またそれと溶け合った「アイルランドのフォークロア」との結びつき、さらに日本の「能」との接触によって編み出された独自の演劇形式の創出という観点から多層的に特徴づけた。 平成23年度においては、これまで同様の観点から分析してきたイェイツの詩劇とテーマの面で関連が深い『クフーリンの死』を分析した。このイェイツ最後の劇作においては、イェイツの手紙からも伺えるように、当初「能」劇として構想されていたが、彼が以前『踊り手のための四つの劇』において編み出した「能」的形式を自在に変奏し、語り手と楽師たちによる枠組みを変化させて独特の円環構造を作り上げていることを明らかにした。一見不連続なエピソードの積み重ねと見えるものは、死期の迫った英雄クフーリンが自己の反対物である「ダイモーン」との邂逅の劇化であり、アイルランドのフォークロアとスピリチュアリズムの超自然的要素が渾然一体となった演劇形式が追求されていることを論じた。 「サウンド・シンボリズム」の技法としては、『クフーリンの死』においても、これまでに分析した他のイェイツ劇と同様、/f/音と/b/音が基本的な対立軸をなしていることを指摘した。さらに/w/音/、/d/音、/g/音、/s/音で始まる語群の両義性が劇の展開を支えているなかで、『クフーリンの死』では、特に/s/音が英雄の死後の変容を劇化し、再生を暗示するにあたって、重要な役割を果たしていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、ウィリアム・バトラー・イェイツの超自然演劇における複合的な表象構造を明らかにすることである。分析の観点として以下の三つを設定した。第一は、日本の「能」との接触である。第二に、イェイツの思想的な根底にある「スピリチュアリズム」及び「アイルランドのフォークロア」の視点から彼の劇を考察することである。第三に、イェイツが体系的に用いる「サウンド・シンボリズム」に着目し、頭韻を中心とする技法が、イェイツの劇の表象構造をどのように支えているかを分析することである。平成23年度は、『クフーリンの死』を取り上げて、これら三つの角度から分析を試み、成果については、国際アイルランド文学協会日本支部の年次大会で発表し、論文を執筆した。特に「サウンド・シンボリズム」の分析において、新しい知見を提出できたと考えている。 例えば、この劇で、英雄クフーリンは、エスナ(クフーリンの地上の恋人)、イーファ(クフーリンの超自然の恋人)、「盲人」(クフーリンの真の自己のパートナー)と順次対峙していく。「盲人」によるクフーリン殺害の過程を、サウンド・シンボリズムに注目して分析していくと、人間存在が背負っている宿命である「盲目」("blind")や「血」("blood")に象徴される/b/音が極限に至り、死を迎えるクフーリンの死後の再生の姿が、「盲人」のパートナーである「阿呆」を象徴する/f/音 ("feathery")を通過したのち、「鳥」という新たな/b/音("bird")への転身によって象徴されていくことが明らかになる。またこの過程は、/s/音によって補強されていることを見いだした。 このように、イェイツにおいて頭韻技法は表層の修辞にとどまらず、作品の意味作用の根幹に深くかかわっており、心の葛藤と再生を具現する極めて効果的な回路となっていることを新しく指摘した点に、研究意義があると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成24年度においては、アイルランド演劇全体の流れをも念頭におき、イェイツの生きていた時代及び現代のパースペクティブを取り込みつつ、イェイツの実験的演劇の手法が彼自身の創造の世界を豊かにしたばかりでなく、現代の不条理演劇にも通じる重要な役を担っていることを明らかにしていきたい。 具体的には、平成24年度には、「能」に「狂言」を融合させたような軽やかさをもつ劇作『猫と月』について、平成23年度研究計画・方法と同様の手順で、サウンド・シンボリズムに注目した厳密なテクスト分析、スピリチュアリズムならびにアイルランドのフォークロアとの関連性の分析、また能舞台との比較分析を行う計画である。 サウンド・シンボリズムに関しては、『猫と月』においても/b/音と/f/音の機軸に関して『クフーリンの死』と同様の構造が見いだされると予測される。『猫と月』の主たる登場人物は「盲目の乞食」(Blind Beggar)と「足の悪い乞食」(Lame Beggar)の二人組だが、劇の始まりでは、/b/音すなわち「盲目の」("blind")乞食が優勢を保っているようであった。一方「足の悪い乞食」は、/f/音すなわち「ちょっと気が変な」("flighty")という言葉で描写されていたが、自らの選択によって新たな/b/音すなわち「祝福された」("blessed")状態に生まれ変わるドラマツルギーによって劇が成り立っていると予測される。 『猫と月』の構造が創出する奇跡のテーマに関しては、ジョン・ミリングトン・シングの劇作『聖者のお水』との比較が興味深く、さらにサミュエル・ベケットの不条理演劇との関連性も見出されると考えられる。よってイェイツと同時代、またその後の時代の劇作品をも射程にいれることで、『猫と月』のより深い分析を試みたい。日本の「能」及び「狂言」の形式との比較も文脈に入れる予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度においては、イェイツゆかりの地であるアイルランドのスライゴーにおいて国際的に催されるイェイツ・サマースクールに参加し、海外の研究者とも交流する予定である。またイェイツの演劇運動において中心的な役割を担ったダブリンにあるアベイ座を見学する予定である。さらにダブリンの国会図書館・トリニティ大学図書館等で資料閲覧ならびに資料を収集する計画である。 平成24年度に新たに申請する直接経費500,000万のうち、上記の述べ11日間の海外出張に必要と見積もられる研究費は35万円である。その内訳は以下のとおりである。航空運賃 (210,000円)、列車運賃 (10,000円)、宿泊費(90,000円)、イェイツ・サマースクール参加費用(40,000円)、合計350,000円である。 これ以外に、イェイツ演劇、アイルランド演劇関連の図書、能・狂言関連の図書、フォークロア・スピリチュアリズム関連の図書費用として、新たに150,000万円を計上する計画である。前年度からの繰越金18,490円についても、図書費用に充当する予定である。 以上が、平成24年度の直接経費の使用計画である。間接経費15万円は、主として光熱費にあてられる予定である。
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