2012 Fiscal Year Research-status Report
ウィリアム・バトラー・イェイツの超自然演劇における表象構造に関する研究
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23520286
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture and Technology |
Principal Investigator |
佐藤 容子 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (30162499)
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Keywords | W. B.イェイツ / サウンド・シンボリズム / 能 / スピリチュアリズム / フォークロア |
Research Abstract |
本研究の目的は、アイルランドの詩人・劇作家・神秘家であるウィリアム・バトラー・イェイツの超自然演劇における複合的な表象構造を明らかにすることである。分析にあたっては、イェイツが体系的に用いる「サウンド・シンボリズム」に着目し、十九世紀後半から二十世紀初頭の欧米の知的風土に浸透した「スピリチュアリズム」とそれと溶け合った「アイルランドのフォークロア」との結びつき、さらに日本の「能」との接触により編み出された独自の演劇形式の創出という観点から、多層的に特徴づける。 平成24年度には、「能」の形式を自在に変奏した『クフーリンの死』に関する論文を公表した。そこでは、「サウンド・シンボリズム」の技法としては、イェイツの他の劇作同様、『クフーリンの死』においても/f/ 音と/b/音が基本的な対立軸をなしつつも、英雄クフーリンの霊の再生が、/f/音を媒介とする/b/音への新たな反転によって暗示されていることを論じた。この過程は、特に/s/音の頭韻的な用い方によって補強されている点を指摘した。 同様の頭韻的な音の連鎖が、歴史的な転換を幻視するイェイツの詩「再臨」にも効果的に用いられていることを学会ワークショップにおいて発表した。この詩の脚韻構造は、秩序の崩壊を暗示するかのように、弱い「子音」による脚韻から無韻へと展開していくことが批評家により指摘されている。しかし頭韻的な音の連鎖に注目するならば、/f/音から/b/音への反転が詩の展開の主軸をなして世界の転換が予言的に示されており、その劇的プロセスはまた、/s/音の頭韻的な畳み掛けによって媒介されていることを明らかにした。 平成24年度にはまた、イェイツと「能」との接触から生まれた演劇形式の実験といえる劇作『猫と月』の分析にも取り組み、イェイツが「狂言」を意識しながら、この軽やかな超自然演劇を創出していることを跡付ける論考を準備している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年度は、『クフーリンの死』を、「能」、「フォークロア」、「サウンド・シンボリズム」の観点から分析し成果を論文として公表、終末と再生を暗示する劇構造をその「サウンド・シンボリズム」が支えている点を示した。またイェイツとフォークロアに関する著書の書評を執筆するにあたり、フォークロアをめぐる歴史的な背景におけるイェイツの立ち位置につき考察を深めた。 また『クフーリンの死』と同様の頭韻技法が、第一次世界大戦中・戦後のヨーロッパの社会情勢を背景に、歴史の転換期を幻視するイェイツの詩「再臨」においても要諦をなしていることを、日本イェイツ協会大会で発表した。歴史の転換期を歌う「レダと白鳥」がソネット形式の厳密な脚韻構造をもっているのに比し、「再臨」では、秩序の崩壊を反映するかのように脚韻構造も崩壊していることが指摘されてきた。これに対し、この詩の頭韻的な音の連鎖に焦点をあてて分析することにより、秩序の崩壊と同時に秩序の転換が構造化されていることを新しく示すことができた。第一連に現れる「鷹」(‘falcon’)が「鷹匠」(‘falconer’)の制御を外れ、物事が悉く「零れ落ちていく」(‘fall’)状況が、/f/音の連鎖によって示されており、第二連では、詩の表題「再臨」(‘The Second Coming’)に含まれている/s/音を頭韻的に用いる緊迫した聴覚的畳み掛けを媒介として、砂漠の「鳥」(‘birds’)へと入れ替わり、最終的局面では、「ベツレヘム」(‘Bethlehem’)に向かって「生まれんとする」(‘to be born’)「獣」(‘beast’)という/b/音の連鎖への転換により、世界の転換が暗示されていることを論じた。これにより、イェイツの「サウンド・シンボリズム」は一過性のものではなく、劇作のみならず詩作をも支える重要な技法であることを示す研究意義があった。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度においては、平成24年度より準備してきたイェイツの劇作『猫と月』の分析を中心に研究を推進する計画である。特に次の2点に注目したい。第一に、イェイツが「能」と表裏一体である「狂言」を意識して『猫と月』を位置付けていた点、第二に、イェイツの用いる「サウンド・シンボリズム」がこの奇跡劇のなかで果たす役割についてである。 『猫と月』の源泉の一つには「狂言」の 『不聞座頭』があるとの指摘がなされてきた。本研究では、源泉となる能・狂言とイェイツの劇作を比較することを通じて、彼が伝統的な能及び狂言のモデルを彼独自の方法で捻り、また転覆させながら超自然の世界を舞台上に現出させることを試みた点について分析していく計画である。伝統的な夢幻能の世界では、シテとなる亡霊の苦しみは最後にはワキである僧によってしばしば鎮められるが、イェイツの悲劇『鷹の泉』の謎めいた結末は、英雄の終わることのない戦いに向かって開かれている。他方、「狂言」においては、人間の弱みとしたたかさの双方に焦点があてられ、対立する登場人物の争いの途中で劇が閉じられることも多い。これとは対照的に、イェイツの「狂言」ともいえる『猫と月』では、「足の悪い乞食」と「目の見えない乞食」という二人の愚者双方に幸せな結末がもたらされ、イェイツ劇としては他に類をみない幕切れとなっている。 「サウンド・シンボリズム」という観点から『猫と月』を捉え直してみるならば、イェイツが、悲劇の文脈では対立する二人の登場人物の双方に、/f/音と/b/音を割り当てつつ双方が自ら選び取る運命を描き出していることが明らかになり、その対照性より近似性に焦点をあてていることが裏付けられると予測される。以上の論考は、国際アイルランド文学協会2013年度大会での発表が受理されている。考察にあたってはイェイツのもう一つの奇跡劇『復活』についても視野に入れていきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度においては、北アイルランドのベルファストにあるクイーンズ大学において開催される国際アイルランド文学協会2013年度大会(iasil2013)に参加し、研究発表を行う予定になっている。同大会においてはまた、国際アイルランド文学協会日本支部(IASIL Japan)の会長並びに国際アイルランド文学協会(IASIL)の副会長(Vice-Chairperson for Japan)として、国際アイルランド協会運営委員会及び総会での報告を行い、海外の研究者とも交流して資料を収集する計画である。 平成25年度に新たに申請する直接経費500,000円のうち、上記の述べ10日間の海外出張に必要と見積もられる研究費は350,000円である。その内訳は以下のとおりである。航空運賃(200,000円)、バス運賃(20,000円)、滞在費(50,000円)・宿泊費(80,000円)、合計350,000円である。 これ以外に、新たに、イェイツ演劇、アイルランド演劇関連の図書、能・狂言関連の図書、フォークロア・スピリチュアリズム関連の図書費用として、新たに150,000円を計上する計画である。前年度からの繰越金9,370円についても、同様の図書費用に充当する予定である。 以上が、平成25年度の直接経費の使用計画であり、間接経費の150,000円については、主として光熱費に充てられる見込みである。
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