2011 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23520317
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Research Institution | Surugadai University |
Principal Investigator |
海老澤 豊 駿河台大学, 法学部, 教授 (90298307)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2016-03-31
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Keywords | 国際情報交流 / 英国(連合王国) |
Research Abstract |
本年度は十八世紀英国における牧歌の研究の端緒として、「十八世紀英国における牧歌論」および「ジョン・ゲイの羊飼いの一週間」と2本の論文を執筆した。前者においては十八世紀英国の牧歌論に多大な影響を及ぼした、フランスの批評家ラパンとフォントネルの牧歌論を検討し、彼らの牧歌論が英国の詩人や批評家によって、いかに受容されたかを探った。古代派ラパンは古典主義的な詩歌観にしたがってウェルギリウスを絶対視し、黄金時代の羊飼いを描くことが牧歌の役割であると主張した。一方近代派フォントネルは心理主義的な観点から、牧歌は閑暇や静謐を享受する幸福な羊飼いを描くべきだと唱えた。 両名の牧歌論は英国の詩人や批評家たちによって消化されたが、古典的な牧歌を絶対視する立場と、これを英国風にアレンジする立場に二分されることになった。前者の代表はポープであり、彼の主張は概ねラパンに沿ったものだが、フォントネルの記述も巧みに取り入れていることは忘れてはならない。これに対して英国風牧歌を確立したフィリップスは、フランスの批評理論よりも英国の先達詩人スペンサーを模範として、古典牧歌の枠組みを借りながらも英国の田園を舞台にした牧歌を完成した。二人の牧歌は奇しくも同じ選詩集に収められたが、牧歌のありかたをめぐって牧歌論争が勃発した。ジョン・ゲイはポープの盟友であり、フィリップスの牧歌を揶揄する目的で、彼の語彙や表現を誇張したバーレスク牧歌「羊飼いの一週間」を書いた。しかし当初の狙いとは裏腹に、ゲイの書いた極めて土俗的な牧歌は、ポープの古典的な牧歌の終焉を宣言し、フィリップスの英国風牧歌こそ多くの可能性を秘めたものだと天下に知らしめる結果となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度はポープとフィリップスの牧歌および牧歌論を取り上げる予定であったが、この点についてはまずまずの進展があった上に、ジョン・ゲイの牧歌にまで手を広げることができた。さらにフィリップスが模範とし、ゲイがパロディにしたスペンサーの「羊飼いの暦」についても論文をまとめることができた。前述した牧歌論争が起きたのも、「スペンサーの長子」と呼ばれたフィリップスに嫉妬したポープが、フィリップスを皮肉った牧歌論を執筆したことが直接の原因であった。 スペンサーの「羊飼いの暦」はすでに数多の研究論文が存在するが、十八世紀牧歌との関連で見た時に、ポープとフィリップスの双方がスペンサーを模範としていたことは明らかであり、英国風牧歌の創始者はフィリップスではなく、スペンサーであることは間違いない。フィリップスが真摯に模倣し、ポープとゲイが嘲笑的に用いた語彙や表現は、すべてスペンサーの牧歌に由来するものである。またスペンサーが牧歌を12ヶ月に分割したことに示唆を受けて、ポープは自作の牧歌に四季という概念を導入し、ゲイは一週間という枠組みを採用したのである。 このように当初の計画はおおよそ達成されたと思われるが、その反面で牧歌の原型であるテオクリトスとウェルギリウスの牧歌については、十分に消化しきれたとは言えないのが現状である。両者の作品については英訳を通じて慣れ親しんできたが、まだまだ不明な点も数多く残されている。両名に関する批評や研究書は膨大な量であり、本年度はほんの一部にしか眼を通すことができなかった。この点については次年度以降に補足していきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成24年度は当初の計画とは前後するが、サンナザロの「漁夫牧歌」に端を発する、海や河川を舞台にした牧歌の研究にあてることにする。サンナザロ自身はテオクリトスやウェルギリウスの牧歌を参照して、海の牧歌を創始するに至ったが、その影響下にウィリアム・ダイパーやモーゼス・ブラウンは英国風の漁夫牧歌を書いた。 ダイパーはオッピアヌスの「漁夫訓」を英訳するなど博物学的な関心を持ち、同時にオウィディウスの「変身物語」に取材するなど神話に対する嗜好も強い。ダイパーの「水の精たち」はルキアノスの「海神たちの対話」の枠組みを借りながらも、「変身物語」から登場人物を借用し、また「漁夫訓」に見られる魚類の性質などを作品に織り込んでいる。その反面で古典的な牧歌からは逸脱していると言わざるを得ないが、独特な雰囲気をたたえた牧歌を作り上げたことは確かであろう。 またブラウンはウォルトンの「釣魚大全」を復刻するなど、釣りに憑かれた釣り人=詩人であり、彼の「釣魚牧歌」はウォルトンの著書を韻文化したものだと言っても良い。長生きしたブラウンは「釣魚牧歌」について何度も改訂を施した結果、現在では3つの版が存在することになった。彼の改訂作業を跡づけることによって、時代の変化とともに牧歌がいかに変質していったかを探ることも可能であろう。 さらに初年度に十分な時間を避けなかった、テオクリトスとウェルギリウスの古典的牧歌に関する研究も継続していきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
初年度の研究費はすべて書籍代にあてられたが、次年度においても事情はあまり変わらないと想像される。その最大の理由は、十八世紀の牧歌の多くが、質の悪いファクシミリやデマンド本を除けば、現代的な決定版を持たないことによる。つまり十八世紀に出版された原本を入手しない限り、作品や批評に触れることが極めて困難であるからである。残念ながらダイパーやブラウンの作品はウェブ上でもほとんど入手できないのが現状である。
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Research Products
(2 results)