2013 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
23520317
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Research Institution | Surugadai University |
Principal Investigator |
海老澤 豊 駿河台大学, 法学部, 教授 (90298307)
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Keywords | 英国(連合王国) |
Research Abstract |
英国十八世紀における牧歌の研究の3年目として、本年度は「十八世紀英国における都会風牧歌」(『駿河台大学論叢』第47号81~108頁)と「十八世紀英国における異国風牧歌」(『駿河台大学論叢』第48号掲載予定)を執筆した。 前者は田園を舞台にして羊飼いを歌い手とする伝統的な牧歌の枠組を、都会を舞台にして上流階級の男女や労働者階級の男女を歌い手に置き換えた「都会風牧歌」に関する考察である。上流階級を主人公に据えたポープ、ゲイ、モンタギューらの「都会風牧歌」では、有閑夫人が不実な愛人に対する恋の嘆きを歌うが、彼女は当時流行していたインドや中国の物品を扱う服飾店などにも強い関心を示している。これらの「都会風牧歌」では、牧歌の伝統を踏まえながらも、虚栄や欺瞞に満ちた都会生活を諷刺することに力点が置かれている。同時に古典牧歌を十八世紀のロンドンに移植したことから生じる諧謔も見逃すことはできない。 一方で労働者階級の男女が歌い交わす「都会風牧歌」では、テオクリトス風のリアリズムが垣間見られ、市街掃除人や死刑執行者が自分たちの惨めな境遇を嘆き、上流・中流階級の偽善的な生活を揶揄する。もはや幸福で無垢な田園とは何の関係も見られない。 コリンズの『ペルシア牧歌集』に端を発する「異国風牧歌」は、アラビア、インド、アフリカ、アメリカ、オーストラリアなどを舞台にした作品群である。アラビアや中東で繰り広げられるジョーンズらの「東洋風牧歌」は、英国とは無縁の植生やハーレムの暮らしなどを描き、異国情緒を醸し出すことに主眼を置いている。 ところがインドを始めとする植民地を舞台にした「異国風牧歌」には、英国の帝国主義に対する異議申し立てという要素が強まっていく。チャタトンの「アフリカ牧歌」などでは白人の奴隷商人に対するアフリカ人の強い怒りが表現されているのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究では、テオクリトスとウェルギリウスを中心とする「古典牧歌」、英国風牧歌の代表作であるスペンサーの『羊飼いの暦』、十八世紀初頭の英国で繰り広げられた「牧歌論争」、イタリアのサンナザロが創始したと思われる『漁夫牧歌』について、これまで考察し、その大半を論文にまとめてきた。 本年度は「都会風牧歌」と「異国風牧歌」に関する考察を行った。前者においては十八世紀初頭にポープ、ゲイ、モンタギューが競作/共作した「都会風牧歌」を仔細に読み込み、3人の緊張した関係にも目配りをした。また十八世紀半ば以降の「都会風牧歌」では、おそらくスウィフトを源流とする暴露的・偽悪的な面が強まり、ある意味で理想的な田園風景を描く伝統的な牧歌から、次第に離反していく過程をたどった。 また「異国風牧歌」には、異国情緒を強調するタイプと、英国の植民地経営や奴隷売買などを非難するタイプの二つがある。特に後者にはアーウィンのインド牧歌、ラシュトンの西インド諸島の牧歌、マリガンのアジアやアフリカを舞台にした牧歌、アシュトンのアイルランド牧歌、サウジーのボタニーベイ牧歌(囚人が強制労働を課せられるオーストラリアが舞台)などがある。これらはある意味で「政治的牧歌」と呼んでもいいような側面を持っており、英国の牧歌が大きく変質していったことが明らかとなった。 当初の研究計画で示した種々の牧歌について、おおむねすべてを概観することができたために、ある程度まで著書としてまとめる目処が立ったことは幸いである。
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Strategy for Future Research Activity |
前項では当初の計画よりも研究が順調に進んでいると述べたが、さまざまな牧歌を読み解いていくうちに、まだ不足している部分があることも判明した。具体的に示すと以下の通りである。 1.テオクリトスとウェルギリウスの古典牧歌については、すでに3万語ずつの原稿を用意したが、周辺の詩人たち(ビオン、モスコス、カルプルニウス、ネメシアーヌスなど)についても研究の対象として取り上げる。 2.古典牧歌からスペンサーを中心とする十七世紀の英国牧歌に至る過程で、ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ、マンチュアヌスなどイタリア詩人たちの牧歌について触れる必要が生じた。彼らの牧歌はキリスト教的な色彩を強め、羊飼いたち(聖職者たち)はしばしば長々しい宗教談義を交わす。スペンサーの『羊飼いの暦』にマンチュアヌスの影響が濃いことはすでに指摘されており、このあたりについても一通り目を通しておきたい。 3.田園風牧歌は十八世紀英国でも廃れてしまったわけではないが、大きく二つの方向に分化していったと思われる。ひとつはシェンストン風の牧歌であり、軽い感じで物語風の要素が強まり、バラッドに接近していくものである。もうひとつはテオクリトスがドーリア方言で牧歌を書いたことに端を発する方言による牧歌である。これらのイングランド北部やスコットランドの方言で書かれた英国の田園風牧歌についても触れておきたい。 以上の新たな対象について、今後の研究を進めていくとともに、これまで論文としてまとめたものもさらに精査して、単著の発刊に向けて精進していきたい。
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Research Products
(1 results)