2012 Fiscal Year Research-status Report
19世紀アイルランド小説のアイリッシュネスの発展と拡散に関する研究
Project/Area Number |
23520330
|
Research Institution | Nippon Medical School |
Principal Investigator |
中村 哲子 日本医科大学, 医学部, 准教授 (20237415)
|
Keywords | アイルランド / 小説 / 旅行記 / アングロ・アイリッシュ / カトリック / ビッグ・ハウス小説 |
Research Abstract |
本年度は、19世紀アイルランド小説におけるアイリッシュネス(アイルランド性)の表現と受容の問題を、旅行記や絵画・挿絵との関連性の中で捉えた。特に成果として挙げられる点は次のとおりである。 1.アイルランド農民出身の作家であるウィリアム・カールトン(1794-1869)は、カトリック信徒である農民の生活を描いてアイルランド性を世に訴える作品を執筆し、新たなアイルランド文学の確立を目指した。その原点には、シーザー・オトゥウェイ(1780-1842)の手がけたアイルランド旅行記があり、そこには、国教徒のアングロ・アイリッシュの視点でカトリック世界やアイルランド伝承物語に注目し、イギリスの読者にアピールしようとする姿勢が示されている。小説と旅行記のジャンル横断的な影響関係に目を向けることで、小説とアイリッシュネスをめぐる課題の新たな側面が明らかとなった。 2.アイリッシュネスへの認識は、小説や旅行記のテクストだけではなく、それに付随する挿絵、そしてそれに関連する絵画を取り巻く環境にも目を向けることで、作家・画家の出自や立場によって、その概念が複雑な様相を呈することが明らかとなった。アイルランド農民のカトリック性と貧困がアイリッシュネスの概念を支える重要な要素だが、両者に対する捉え方は、イギリス人、アングロ・アイリッシュ、アイルランド人の間に齟齬がある。具体的には、アイルランドのコーク出身の画家、ダニエル・マクリース(1806-1870)を鍵として、テクストと視覚芸術の関係性を解き明かしながら、重層的なアイリッシュネスの概念を明確にした。 以上、西および南アイルランドという地域を舞台としたテクストを中心に研究を展開した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在、4年計画の研究の半ばにあるが、これまで、カトリックの背景を持つアイルランド人作家の作品を軸として、イギリス人およびアングロ・アイリッシュの残した旅行記との比較検討をとおして、そのアイリッシュネスのアピールの実態について考察してきた。アイルランドのカトリック性と貧困問題が、時にゲールの文化伝統と絡み合って提示され、そのあり様がアイルランド的なものとして広くイギリスに浸透していていた状況が大枠で捉えられた。結果的に、西および南アイルランド地方を舞台としたテクストに焦点が当てられることとなったが、都市部におけるアイルランド人にまつわる描写について、今後意識的に読み解いていく必要があろうと思われる。 研究後半では、アングロ・アイリッシュの作家作品に注目し、アイルランド性のアピールの様相を考察することが必要となる。研究前半の成果と照らし合わせて、書き手の背景や立場の違いにより、アイリッシュネスの捉え方には相応の差異が見られることを明確にしていく段階にあると認識している。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後進める後半の研究では、ビッグ・ハウス小説を中心としたアングロ・アイリッシュ作家の小説におけるアイルランド的な要素を考察し、その評価や受容状況をイギリスのアイルランド文学の消費の問題と関連づけて考察を進める。研究前半で取り組んだアイルランド人作家の意識するアイリッシュネスとの比較検討が可能となり、アイルランド文学のアイルランド性の重層性について解き明かすことになろうと思われる。 これまでに、旅行記のテクスト、そして挿絵や絵画といった視覚芸術からも読み取れるアイルランド性を検証することが、予想以上に小説研究に有効であり、新奇な議論を展開できる可能のあることが感得された。したがって、総体的にアイリッシュネスの表出について捉える視点を保ちつつ、アイルランド小説に込められたメッセージを的確に位置づけていく必要があろう。なおその際、作家や画家のものの見方と、その社会的、宗教的、文化的背景との関連性を意識し、アイルランドへの視線が複雑多岐にわたる点を解き明かしていく必要がある。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
年度の前半では、まず、小説や旅行記に描かれる都市部でのアイルランド人の描写に関する考察を進め、その成果を国際アイルランド文学協会の国際大会にて発表する。そのための関連文献入手の費用、および学会参加にかかわる国外旅費を使用する予定である。 年度の前半から後半にかけては、アイルランドを描く小説と旅行記の間に見られる関連性について研究論文をとりまとめる予定であり、それにかかわる文献入手の費用ほか諸経費を予定している。また、アングロ・アイリッシュ作家の小説についても並行して考察を進めるため、関連文献入手の費用を予定している。 年度の後半には、これまでの研究成果を教育的な配慮をした形でウェブ上で情報提供を行う計画であり、ウェブサイト開設関連費用を予定している。そのほか、国際アイルランド文学協会日本支部の大会および日本アイルランド協会年次大会参加のための国内旅費を予定している。
|
Research Products
(4 results)