2011 Fiscal Year Research-status Report
パスカル・キニャール研究:文学とジェンダーの新たな関係性に向けて
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23520363
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
小川 美登里 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (80361294)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | ヨーロッパ文学 / フランス現代文学 / ジェンダー / 芸術 / 国際研究者交流 |
Research Abstract |
本研究は、パスカル・キニャールというフランス現代作家の作品をとおして、文学とジェンダーの関係性を再考することを目的としている。そのため、まずはキニャールという作家の活動の全貌を明らかにすることから始めた。彼は、文学においてはさまざなジャンルに取り組んでいるほか(物語、小説、詩、哲学的小論、脱ジャンル的な書き物・・)、ダンス、音楽、絵画など、多方面の芸術とも共同作業を行っている。こうした多岐に渡る作家の活動を概観しながら、キニャール作品の本質を問うことを本研究は目的としている。また、同時にキニャール作品を例として、文字芸術と表象・非表象芸術の関わりを「学際性」という概念ではなく、「差異性」(性差)という観点から洗い直すことも、本研究の射程である。 まずはその足がかりとして、市場に出回っているキニャールの文学テクストだけでは分からない、希少本の調査を行った。キニャールはそのキャリアの最初において、ほとんど自費出版的な書物(多くは知人であった画家や版画家との共作)の出版を行っている。偽名を使って、偽の古典文学も創作していた。このような初期の作家の活動を洗い出すことは、現在の彼の活動の広がりと意義を理解する点で非常に重要であると考えられる。作家はキャリアの早い時期から「異他性」という問題に興味を持ち、独自の視点からその問題に取り組んでいたことが、この事実からうかがえるのである。 そうした事実を踏まえ、本研究ではさらに差異性の観点から、キニャールがその後の作品群をとおして体系づけようとした新しい人類学(文学ー人類学)の全貌を明らかにすることを目的とする。そのためには、キニャールの全作品を読み直し、作品の表面的な多様性の底に横たわっている一貫した思想を掴みとることを目的としている。それにより、フランス現代文学におけるもっとも前衛的な試みにのひとつを明らかにすることができるであろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ジェンダーとキニャール作品の関係性をおおまかにおいて理解できたことが今年度の研究成果である。本研究は、学際性という射程をとらえなおし、より厳密な形で文字テクストと他芸術の関係を洗い直すことであったが、この点に関しては満足のいく成果があったと言える。つまり、キニャールの作品を読み直すことによって、彼のすべての作品の根底にあるのが差異性(性差)の問題であることを突き止め得たからである。ここで言う性差とはフェミニズム研究やクイアー理論が意味する性差よりも、さらに深く人間存在に関わるもの(人間論的な意味を付与された、と言ってもよい)である。キニャールはいわば性差を出発点として、そこからほぼすべての現象(社会、言語、芸術活動)をとらえ直そうとしている。その一貫した姿勢は、キニャール作品のテーマやスタイル・形態にもあらわれているだけではなく、作品全体をひとつの体系(性差の概念を根本原理とした新たな人類学)として見なすことを可能とすることを、今年度の研究によって理解した。 いわゆる「異他性の人間学」を根底にもつキニャール作品は、テーマ的な観点のみならず、作品の形態、ジャンルの再考、文体の練り直し、といったさまざまな点からの実践を試みる。この中で、とりわけ今年度においては、作品の形態とジャンルの再考の問題を取りあげ、文学と絵画、文学と音楽という異ジャンル交流のあり方について深く探求することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究はキニャール作品をジェンダーとの関わりにおいてとらえることによって、新しい分析軸を提示することであるが、具体的な研究については今年度を足がかりとしてさらにそれを発展していく。その研究と平行して、具体的な形で成果を発表するために、以下のふたつの計画を研究の一環として提示する予定である。 まずは、本研究のテーマを理解する上で重要な作品であり、キニャールの代表作のひとつであるVie secrete(1989)を翻訳することである。Vie secrete(1989)の翻訳は、本研究の成果を補足し、明らかにするうえで意義深いことであると同時に、日本にキニャールという現代作家の存在とその作品を知らしめる意味でも重要な計画である。本作品は500頁近くある大作であり、さらに古典文学や世界各国文学への参照、他言語への眼差しといった観点から困難な作業ではあるため、日々地道な研究を要求するものであるが、2013年の出版という具体的な目標を掲げて作業を遂行する予定である。 次いで、国際学会の開催である。これは当初2012年の開催を予定していたが、作家キニャールのスケジュールの関係で、2013年秋に延期されることとなった。しかし、これが実現すれば東京で初めてのキニャールに関する国際学会となる。開催時期がずれ込んだ分、国内外の研究者たちのさらなる協力を得て、さらに充実した内容のものになるように、実行に向けて計画を進めていく。すでに日本国内、フランス、中国からの研究者の招聘に向けての作業が進んでおり、関係各機関の協力を得る体制も出来つつある。さらに、学会開催後には論集としてまとめる形で予定を進めている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度は、まず今年度の研究成果を踏まえ、キニャール作品の理解を深めるために、引き続き研究資料と文献の収集を行う(おもにフランス国立図書館、作家本人と作家と共同作業を行った芸術家たちへの働きかけとインタビュー)。次年度の使用額として申請した助成金については、フランス国立図書館において資料収集を行うために充てる。 さらに、2013年開催予定の国際学会の実現に向けて、国内外の研究者たちとの協力・連携体制を強め、具体的な内容を練り上げていく。したがって、次年度の使用額として申請した分はまた、作家や海外研究協力者との研究打ち合わせを行うために必要な旅費に充ててられる予定である。 また、以上の計画と平行して、キニャール作品の翻訳作業も引き続き行う。今年度は必要なかったのであるが、場合によっては、翻訳作業の際に謝金を払う必要が生じる可能性も考えられる。そのときには、旅費として使用する分を謝金に充てる、といったことになるかもしれない。というのも、フランス語のテクストの内部に厖大な数に登る他言語(ギリシャ・ラテン語、アラビア語、中国語、ドイツ語、イタリア語等)が登場しているため、そうした諸外国語ののチェックに関しては、識者に助言を求める必要が生じるかもしれないからである。 こうした計画をすべて実行した結果として、次年度申請額に対して使用金額に余裕が生じた場合には、来年度分を見越して(来年度は国際学会開催のため、多くの金額が必要になることは必須であるので)繰り越しを行うことも考えられる。
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