2012 Fiscal Year Research-status Report
パスカル・キニャール研究:文学とジェンダーの新たな関係性に向けて
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23520363
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
小川 美登里 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (80361294)
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Keywords | 国際研究者交流 フランス / 国際情報交換 フランス |
Research Abstract |
ジェンダー概念の練り直しとその新たな可能性をめぐってフランス現代作家パスカル・キニャールの研究を続けてきたが、研究2年目の今年度は、文学とその他の芸術ジャンルとの交差の可能性をより深く探るために、キニャールとの共同作業を行った画家へのインタビューなどのフィールドワークを行った。文字表現と絵画表現との交差は、ジャンルの問題の此岸、すなわち個々の表現として分化する以前のレベルで記号とイメージが同じ徴のもとに置かれる場面において成り立っている。文字はイメージの説明ではなく、イメージは文字の例証ではない。キニャールの試みは、ジャンルという差異をあくまでも通して、その差異が現れるまえの原始的な感覚体験へと遡ることを目指す。 ジェンダーの思想は、このとき翻訳という概念に接合することができる。実際、キニャール作品では、文字/絵画、文字/音楽、文字/ダンスなどの多様な分子たちは、みな翻訳という分母に回収される。それをもっとも濃密な形で表現したのが、キニャールの作品群の中でもトレテと呼ばれる、特異なジャンルである。古今東西さまざまなテクストの織物のごとき様相を呈するこのテクストは、各断片が別の断片へと送り返され、オリジナルのない「翻訳」の集合体のように構成されている。ここではジェンダーという概念だけが純粋に自己再生産されているのである。 こうしたテクストの在り方の対蹠点に位置するのが、性差の概念である。性差とは個別的な状態に由来する性的な差異の状態である。したがって、ジェンダーの自己再生産とは異なり、性差は必然的に他者性へと開かれている。人間における性のテーマ、愛の定義、さらには芸術の起源、こうした問題はみな、キニャールにおいては性差の問題と繋げて考えることが可能なのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現代文学は、フィクションという枠を越えて、さまざまなジャンルや芸術と接合することによって、新たな地平を切り拓くことを目的としている。その手法は作家によってさまざまだ。パスカル・キニャールはまず、文学という枠組みの内部において、既成のジャンルすべてを掘り起こし、それらを刷新した(とりわけ、コントという古いジャンルを蘇らせた)。そうすることで、コントに新しい意味づけを行ったのである。同様に、トレテという古いジャンルを、文学ジャンルの混淆の場として現代文学に蘇らせ、ジャンルの概念を越えるひとつの形式・スタイルとして定着させた。キニャールの最近の著作群に関する研究は、彼のジャンル概念へのこだわりとその超克の試みを如実に示すものである。申請者はそうした傾向を強く反映するVie secreteの翻訳・研究を通して、文学テクスト内部において、ジャンルの混淆と超克がどのようになされているかを具体的に分析した。 ジャンル研究のもうひとつの大きな柱は、文学と他芸術との連関関係を探ることである。この点についても、かなり研究をすすめることができた。キニャールの芸術論(音楽論、絵画論、舞踏論)においては、芸術形式の多様性(ジャンルとしての分化)が歴史的にではなく、人類学的に議論されている。音楽(聴覚)、絵画(視覚)、舞踏(身体)への分化は、単なる形式的な問題ではなく、感覚と対象との関係まで遡って考えるべきである。芸術家との共同作業もまた、単なるコラボレーションという枠におさまるものではない。その協働は、ジャンルの差異を通して、その差異の此岸にある異他性との始原的な出会いを目指すものであり、その出会いの衝撃を再び蘇らせることであった。キニャールはそれを「誕生」あるいは「再生」というシンプルな言葉で述べているが、その意味するところは深い。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は、過去二年間の研究成果を踏まえて、それを国際学会という形で公表すると同時に、研究者との交流の場とする。国際学会にはフランス大使館の協賛を得るほか、日仏学院などの協力も得ることによって、大学内外に大きくアピールすることになろう。こうした重要な機会をもつに当たり、特別にパスカル・キニャール本人を招聘し、特別講演を行ってもらう。また、作家の他にも、国外(パリ第三大学、パリ第八大学、バランシエンヌ大学、北京大学)からキニャール研究の第一人者を招聘するほか、国内からも東京大学、京都大学、中央大学、東京外国語大学、学習院大学などからの研究者を招き、一同そろって研究テーマである新しいジェンダーの在り方とその批評について考え、その成果を発表する。この学会は11月16日、17日両日に開催されることがすでに決まっており、そのための準備も進んでいる。学会においては、文学と他芸術との関係をジェンダーという視点から考えるために、文学研究の視点から議論が交わされるほか、音楽と小説に関する考察と、その実践としてレクチャー・コンサートを開催する予定であり、多角的な側面から「ジェンダー性」という思想を検討する。 さらには、申請者がこれまで進めてきたジェンダー研究の三つ目の視点である翻訳の概念についての成果を発表する機会として、キニャールの作品Vie secreteの翻訳を出版する。それによって、翻訳可能性とジェンダー思想の関係性にかんする成果も発表する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
「今後の研究の推進方策」で触れたとおり、次年度は研究成果を広く内外に問うための機会として、フランス大使館等の協力を得て、研究テーマに関する国際学会を開催することがすでに決定している。開催は2013年度であるが、そのための準備はいわば二年がかりであった。したがって、学会開催のための資金繰りをするために、今年度の支出はおさえた。その額が次年度使用額として反映されている。次年度使用額として繰り越される額は、すべて国際学会開催・運用費用に充てられる。 学会予定日は11月16,17日両日で、日仏学院にて行われる。学会のテーマは本研究テーマすなわちパスカル・キニャールを通してみる新たなジェンダー思想の可能性である。次年度の研究費の主な使用目的は本学会の運営費用であるが、具体的には、海外から招聘した研究者の謝礼(滞在費含む)ほか、同時通訳料、設備レンタル・使用料などにかかる諸経費、その他プログラムの印刷や郵送などを含む諸経費に充てられる。今年度中に学会の論集を出版するところまで進めるのは困難であろうが、少なくとも研究発表という形でひろく研究成果を伝えることはできると考えている。 以上が次年度の研究費の主要な使い道であるが、残った分があれば、さらなる研究成果を得るための研究資料収集資金に充てる。まだ調査しきれていない資料収集を行い、ますます多様化するキニャール作品の在り方やその発表形態をより明らかにするために、現地調査を行いたいと考えている。
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Research Products
(4 results)