2012 Fiscal Year Research-status Report
戦間期の「多元的宇宙」―エルンスト・ブロッホのプロジェクト「遺産」と「異化」
Project/Area Number |
23520373
|
Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
吉田 治代 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (70460011)
|
Keywords | 国際情報交換 / 独文学 / 思想史 |
Research Abstract |
昨年度に引き続き、夏期休暇を利用して、ドイツでの調査を実施した。ブロッホ研究の困難は、いまだ「歴史批判的」全集が出版されていないために、本研究の対象であるヴァイマル期の一次文献も、まだ体系的に整理されていないことにある。今年はベルリンの国立図書館にて、これまでまだ未見であった資料を見つけることができた。その他の二次資料も収集し、読解、分析を行った。また、昨年のスイス訪問で知り合ったブロッホの弟子ディーチィ氏による紹介で、ドイツのブロッホ研究者たちともコンタクトをとるようになり、研究交流が着実に進んでいるとの実感を得られた1年であった。 メラー・ファン・デン・ブルックら保守革命の思想家の著作をも比較参照しながら、『この時代の遺産』およびその周辺の一次資料を「多元的宇宙」のヴィジョンを具体化するブロッホ独自の〈遺産プロジェクト〉として読み解いていくという、今年度の課題を遂行した。ブロッホが相続しようとする遺産は、正統マルクス主義からは軽視されてきた後期ブルジョワ社会の文化であるというのが、従来の解釈であった。それに対し、『この時代の遺産』前史にあたる時代の一次文献をも精査し直しつつ、ブロッホの「遺産相続」は、「愛国的」立場からドイツの「ナショナル」な精神文化を守ろうとするものであったことを明らかにした。そこに、保守派との親縁性が認められるが、ブロッホの「愛国主義」(パトリオティズム)は、排他的「ナショナリズム」とは異なり「多元的世界」を志向することを解明した。この研究成果を、申請者が研究分担者として参加している「立教大学学術推進特別重点資金」によるプロジェクト「『ドイツ民族主義宗教運動』の学際的ならびに国際的研究基盤の構築」(代表:立教大学前田良三)の枠内でチュービンゲン大学と共同で開催された国際的・学際的シンポジウムにて発表した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ヴァイマル思想文化におけるブロッホの位置づけを特定するという課題については、昨年度は、ブロッホに近い立場にあるクラカウアーやベンヤミンの著作を調べ、今年度は、(通常は敵対者とされている)メラー・ファン・デン・ブルックら保守思想家の著作を調査するなど、順調にはかどったと言える。もっとも、当初の計画では、クラーゲスの名前も挙げていたが、クラーゲスの著作を読み込むところまではいっていない。しかしこれは研究が「遅れている」というより、必ずしもブロッホが挙げる全ての保守思想家を網羅する必要がないという判断に基づいてのことである。また、『この時代の遺産』およびその周辺のオリジナル資料を読み込み、ブロッホ独自の「遺産」思想の解読を進めたので、研究はおおむね順調であると言える。当初の目標にあった、表現主義論争の読み直し作業にはまだ着手していない。しかしこれも、下に述べるように、次年度に向けての研究の方向性を修正する必要が生じてきたことと関連する保留であるので、必ずしも「遅れ」という認識はしていない。
|
Strategy for Future Research Activity |
現在、「日本におけるブロッホ」をテーマにした寄稿をドイツの「ブロッホ協会」から依頼されている。本研究の内容とずれるが、今後の研究生活にとって重要な仕事であるので、この課題を終えた後、次年度の研究に着手する。 当初の研究計画では、〈遺産プロジェクト〉と並ぶヴァイマル期の〈異化プロジェクト〉の解明を、次年度に予定していた。しかし、これを変更し、最終年度となる次年度も、〈遺産プロジェクト〉のさらなる究明につとめたい。その理由は以下による。今年度の研究により、二つの世界大戦を通してブロッホが「愛国主義」の立場を捨てず、「ドイツの遺産」にこだわり続けたこと、しかしその立場は、ドイツ・ナショナリストとは異なるものであることが明らかとなった。そうした立場の解明には、ブロッホの〈ユダヤ性〉をさらに詳しく検証することが必要不可欠との認識に達したからである。申請者はすでに博士論文において、ブロッホにおけるグスタフ・ランダウアーの影響を指摘したが、ユダヤ系ドイツ人による「ドイツの遺産相続」という視角からの二人の思想の検証は十分とは言えない。ブロッホのプロジェクトには、彼より年長のユダヤ人ランダウアー、さらにはマーティン・ブーバーなど、20世紀初頭の「ユダヤ・ルネサンス」の思想が色濃く反映しているとの仮説のもと、彼らの思想を詳しく解明したい。なお、この変更は、2014年に、第一次世界大戦100周年に合わせて企画されている「第一次世界大戦とブロッホ」をテーマとしたシンポジウムへの参加も見越してのことである。申請者が博士論文において扱った第一次世界大戦期に再び照準を合わせることになるわけだが、〈遺産プロジェクト〉の端緒としての第一次世界大戦時にあらためて光を当て、当時のランダウアーおよびブーバーとの接点をも明らかにしながら、二つの世界大戦の時代を貫くブロッホの〈遺産プロジェクト〉の全貌を解明したい。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
上記の研究計画のため、引き続き、ブロッホ関連の書籍、および、ランダウアーとブーバーらの第一次文献、そして「ユダヤ・ルネサンス」に関わる文献を中心に購入する。物品費としては、18万円を予定している。 さらに、学会や研究会への出張旅行費(主に東京)として12万円を計上する。次年度は本研究課題の最終年度となるため、これまでの研究成果を発表していきたい。
|
Research Products
(1 results)