2011 Fiscal Year Research-status Report
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23520381
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
増本 浩子 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (10199713)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 独文学 / 現代スイス文学 / 認識論 / 自伝 / 国際情報交流 / ドイツ:スイス:韓国 |
Research Abstract |
本研究の課題は、スイスの現代作家フリードリヒ・デュレンマットの後期の作品を認識論的観点から分析し、自伝の可能性について考察することである。晩年の散文『素材』は、文学的素材の歴史を語ることで作家の人生を語るという特異な自伝であり、本研究の主な分析対象となるが、その他にも自伝の問題と関連するいくつかの作品を、その遺稿も含めて取り上げる。23年度の課題は『ミダス』と『依頼』において認識論の問題がどのように扱われているかを考察することだった。明らかになった点は次の通りである。1.デュレンマットにとって世界は不可解なものであり、作品中でその世界観を表すときは迷宮とミノタウロスのメタファーを好んで用いる。迷宮に閉じ込められたミノタウロスの比喩は、世界は人間理性では理解できないことを意味すると同時に、人間が限られた認識力しか持っていないことを意味する。同じくギリシア神話由来のミダスは、世界/現実を言語と映像というメディアを使って描くことが可能かという問題を扱うために導入されたモチーフである。2.映画台本『ミダス』は殺された主人公の生涯を再構成する試みという体裁をとっている。死んだ人間が生きた姿で登場することは現実には不可能だが、ヴァーチャルな世界では可能である。この点を十分に意識した作りになっている本作品は、映画の虚構性を示すと同時に、視覚的な情報が虚偽である可能性もあることを示している(特に遺稿の第11稿)。3.中編小説『依頼』も映像を使って殺人事件を再現しようとするが、失敗する話である。この作品では殺されたはずの人が生きていることが判明し、ある人物を当人だとアイデンティファイすることの不確実性が問題となる。これは、人間は世界どころか自分自身のことさえ正しく認識できないのではないかという問いでもある。この問いが、自伝を書くことはそもそも可能かという問いにつながっていく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
23年度の課題だった『ミダス』と『依頼』のテクスト分析の作業に関しては、申請時の計画通りに進んでいる。スイス国立図書館に所蔵されているデュレンマットの遺稿の調査も予定通りに行うことができ、特に『ミダス』の第11稿で映像の客観性をめぐる議論がなされていることを確認することができた。(この部分は最終稿では削除されているため、出版された本を読んでいるだけでは知ることができない。)また渡欧した際にベルン大学(スイス)のペーター・ルスターホルツ教授やベルリン自由大学(ドイツ)のゲオルク・ヴィッテ教授と意見交換を行うことができたのも、大変有意義だった。 成果発表に関して、申請時には論文にまとめることだけを考えていたが、韓国独文学会の招きで9月末に慶州(韓国)で開催された国際シンポジウムに参加し、そこで発表する機会を得たのは予想外の収穫だった。このシンポジウムのテーマは「現代ドイツ文学における歴史/物語の終焉」だったため、本研究課題である自伝(あるいは伝記)の可能性の問題をもっと広く「物語の終焉」という視点でとらえなおすことができた。ドイツからの参加者や韓国のゲルマニストたちとの交流によって大いに刺激を受けたことも、今後の研究に役立つはずである。このシンポジウムでの発表をもとに書いた論文は韓国独文学会の機関誌に掲載された。 また、23年度に分析対象とした作品はいずれも映画やドキュメンタリーフィルムなど、映像と密接に関連しているものだが、そもそもデュレンマットの作品の多くは映画化され、映像と深く関係している。本研究のいわば副産物のような形で、デュレンマットの作品とその映画化の問題に関して、阪神ドイツ文学会主催のシンポジウム「ドイツ文学と映画」で発表できたことも大きな収穫だった。
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Strategy for Future Research Activity |
24年度は自伝/伝記の可能性という観点から『ミダス』と『依頼』の分析を行う。このふたつの作品は、殺人事件とその真相の究明が全体のストーリーを構成しているという意味で、推理小説としてとらえられるだけでなく、自伝/伝記としてもとらえることができる。というのも、それぞれの作品は殺人事件の被害者の生涯を再構成しようとする試みともなっているからである。いずれの作品も、映像という言語以外のメディアを用いてある人物の人生を描こうとするが、結局は失敗してしまう。その原因が何かを探ることによって、デュレンマットが自伝/伝記というジャンルのどこに限界を見ていたのかを明らかにすることを試みる。 25年度は晩年の伝記的散文『素材』を分析対象にする。『ミダス』および『依頼』との関連に注目しながら、この作品の自伝としての特殊性の分析を行う。『ミダス』と『素材』はほぼ同時進行で書き進められていることから、このふたつの作品の共通点と相違点を見ていくことから作業を始め、最終的には「文学的素材の歴史としての伝記」という『素材』の在り方の意味を考察する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
デュレンマットに関してはスイス国立図書館で遺稿の調査を行い、ペーター・ルスターホルツ教授(ベルン大学)やウルリヒ・ヴェーバー博士(スイス国立図書館)らと意見交換を行う(外国旅費)。自伝/伝記文学の研究に関しては、カール・アイマーマッハー教授(ボッフム大学)、ゲオルク・ヴィッテ教授(ベルリン自由大学)らの助言を仰ぐ(外国旅費)。ボッフム大学、ベルリン自由大学では資料収集も行う(コピー代)。また研究に必要な書籍も買い揃える(設備備品費)。研究成果については随時研究会などで報告を行い(国内旅費)、論文にもまとめる(コンピュータ関連消耗品費)。
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Research Products
(3 results)