2012 Fiscal Year Research-status Report
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23520381
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
増本 浩子 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (10199713)
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Keywords | 国際情報交換(スイス) / 国際情報交換(ドイツ) / 国際情報交換(セルビア) |
Research Abstract |
本研究の課題は、スイス現代作家フリードリヒ・デュレンマットの後期の作品を認識論的観点から分析し、自伝の可能性について考察することである。晩年の散文『素材』は、文学的素材の歴史を語ることで作家の人生を語るという特異な自伝であり、本研究の主な分析対象となるが、その他にも自伝の問題と関連するいくつかの作品を、その遺稿も含めて取り上げる。24年度の課題は前年度に引き続き、「自伝/伝記の可能性」という観点から『ミダス』と『依頼』の分析を行い、デュレンマットが自伝/伝記というジャンルのどこに限界を見ていたのかを探ることだった。明らかになった点は次の通りである。 1.映画台本『ミダス』(1970/1980-84/1990)はギリシア神話から題材を得ているという点で、短編小説『ミノタウロス』(1984/85)や『巫女の死』(1976)と密接に関連している。いずれの作品も人間の理性と認識能力の限界をテーマとしている。 2.中編小説『依頼』(1986-1984)では、ある人物を当人だとアイデンティファイすることの不確実性が問題にされているが、『ミノタウロス』と『巫女の死』においても、ミノタウロスあるいはオイディプスのアイデンティティが問題となっている。彼らの自己理解は、第三者の目に映る彼らの姿とは異なるものである。さらにその第三者が複数いれば、複数の理解が生まれる。このようにして唯一絶対の人物像が存在しないことが明らかになる。 3.これらの作品はすべて殺人事件をめぐるストーリーであるという意味で、一種の推理小説となっている。デュレンマットの作品においては「犯人は誰か?」という問いは「私は何者か?」という問いにシフトする。 4.『巫女の死』は、スキャンダラスなほどの大失敗に終わった喜劇『加担者』(1972)の長大な後書きに収められているが、この後書きが晩年の『素材』へと発展していった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
24年度の課題だった『ミダス』と『依頼』のテクスト分析の作業に関しては、申請時の計画通りに進んでいる。スイス国立図書館に所蔵されているデュレンマットの遺稿の調査も予定通りに行うことができた。渡欧の際、スイス国立図書館研究員のウルリヒ・ヴェーバー博士やベルン大学(スイス)のペーター・ルスターホルツ教授、ベルリン自由大学(ドイツ)のゲオルク・ヴィッテ教授、ボッフム大学(ドイツ)のカール・アイマーマッハー教授らと意見交換を行うことができたのも大変有意義だった。 研究成果の一部は、ベオグラード大学(セルビア)で開催された国際会議で発表することができた。その内容はデュレンマットの認識論と言語観についてだったが、会場に哲学・神学関係者がいたおかげで、議論の際にデュレンマットの思想とキルケゴールの哲学との関連について理解を深めることができた。 また、24年度のうちにデュレンマット作品の翻訳を2冊出版したのだが、それを機に東京ドイツ文化センターの招きでデュレンマットの作品世界に関する3回連続講演会を開催することができたのは予想外の収穫だった。翻訳のうちの1冊は主に初期の短編小説を集めたものだったので、これらの作品と、本研究課題となっている後期の作品との関連について改めて考えるきっかけになった。
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Strategy for Future Research Activity |
25年度は晩年の伝記的散文『素材』を分析対象とする。『ミダス』や『依頼』、『加担者』の後書き(『巫女の死』など)との関連に注目しながら、この作品の自伝としての特殊性を分析する。『ミダス』と『素材』はほぼ同時進行で書き進められているので、このふたつの作品の共通点と相違点を見ていくことから作業を始め、最終的には「文学的素材の歴史としての伝記」という『素材』の在り方の意味を考察する。 『素材』は2巻本の形で出版されたが、出版されたものはいわば氷山の一角であり、一般読者の目には触れることのない原稿が書き残されている。その枚数は膨大なものであり、とうてい1年間で読むことのできる量ではないため、その調査はまた新たな研究課題となるだろうが、『加担者』の後書きと関連した部分について限るなら、すでにベルン大学の研究グループによって精査され、研究書にまとめられている。遺稿についてはこの研究書を参考にし、研究グループを率いたペーター・ルスターホルツ教授の助言を仰ぎながら、本研究課題の遂行のためにどうしても必要である部分に絞って調査する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
デュレンマットに関してはスイス国立図書館で遺稿の調査を行い、ペーター・ルスターホルツ教授(ベルン大学)やウルリヒ・ヴェーバー博士(スイス国立図書館)らと意見交換を行う(外国旅費)。自伝/伝記文学の研究に関してはカール・アイマーマッハー教授(ボッフム大学)、ゲオルク・ヴィッテ教授(ベルリン自由大学)らの助言を仰ぐ(外国旅費)。ベルン大学、ボッフム大学、ベルリン自由大学では資料収集も行う(コピー代)。また研究に必要な書籍も買い揃える(設備備品費)。研究成果については随時国際会議や研究会などで報告を行い(国内旅費・外国旅費)、論文にもまとめる(コンピュータ関連消耗品費)。
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Research Products
(6 results)