2012 Fiscal Year Research-status Report
過疎高齢海村・山村における村落解体阻止と脆弱性克服に関する社会人類学的研究
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23520991
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
高桑 史子 首都大学東京, 人文科学研究科(研究院), 教授 (90289984)
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Keywords | 地域おこし / 地域再生 / 過疎高齢社会 / 里山・里海論 / 社会の脆弱性 / 学校の存続 / 自己快癒力(resilience) |
Research Abstract |
本年度は地域おこしの具体例として会津山村(福島県河沼郡柳津町久保田)、沖縄県竹富町鳩間島、鹿児島県薩摩川内市下甑町(下甑島)等で実施されたイベントの参与観察に加えて、阪神間(甑島出身者)、沖縄本島(鳩間島出身者)での聞き取り調査を実施し、さらに地域おこしイベントの一環として実施される各種報告会等に参加して、村落崩壊と脆弱性を阻止しつつ、そのエネルギーが新たなコミュニティの形成へと向けられていることを確認した。会津山村の地域おこしは、地域の民俗文化資源を活用するという、オーソドックスなものであり、また鳩間の場合は鳩間島音楽祭などのような新しい型の地域おこしといえる。しかし、両地域ともに「過疎からの脱却」「地域おこし」という原理原則のもとに、多様な個人や集団のネットワークが重層して内からの力と外からの力が加わり、さらにこれらの運動を牽引する様々な専門家集団もかかわり、地域が思索の場となっていることも明らかになった。 ともに「過疎」「高齢」村落をむしろ自然の残る、癒しの地という言説で再解釈することで、外部の多様な人々を惹きつけている。また、当該地域とは無関係な多様な他者が加わることで、他者=ゲストであるとともに、同時に地域おこしの担い手として地域に取り込み、このような手続きを経て、居住の有無にかかわらず地域を担う人々が生成している。ここから、地域社会は崩壊に向かうのではなく、脆弱性克服という課題解決の場であり、そこから新たな自律性が醸成される場であるともいえる。 また甑島では閉校式というイベント、さらに閉校という最終段階に至るまでのプロセスを追うことで、閉校=村落崩壊の始まり、というのではなく、地域住民、地域出身者による新たな地域おこしの取り組みを確認することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の初年度においては、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、当初の研究対象地であった福島県山村の調査を見送ったが、今年度においては地域おこしの具体例の参与観察を行うことができた。また、薩摩川内市下甑島においては、長年にわたり住民と行政、学校関係者により話し合いの機会がもたれていた地域の学校閉校の動きが急速に進み、その結果閉校式というイベントに向けた地域住民と郷友会との相互行為の観察が可能となった。また、鳩間島においては、在石垣島鳩間出身者、在沖縄本島鳩間出身者のみならず鳩間にかかわる多くの人々や組織・グループの動向についても詳細に聞き取り、地域おこしイベントの参与観察などを通じて、多くの知見を得ることができた。 また、この研究は大学院や学部の授業にもいかすことができ、研究成果としてゼミの学生たちとゼミ論集を作成した。本課題研究は日本における過疎高齢地域を対象としたものであるものの、研究代表者が長年研究対象としてきたスリランカ海村における2004年12月インド洋地震津波のコミュニティ復興の課題とも大いに関連性があり、大規模自然災害を契機とした村落の自律性形成、脆弱性の克服、自己快癒力(resilience)、さらに防災へと向かう一連の動きとして比較研究の可能性も確認することができた。 以上のことから、現時点において文献研究にとどまり、未調査である関東の山村調査を除いてほぼ順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本課題研究の最終年度である次年度は、文献研究、実態調査ならびに研究会や活動報告会で得た知見をもとに、1、Uターン、Iターンのプル要因とプッシュ要因の整理、2、とくにUターン者の動向に関する状況の整理、3、学校という地域の自律性の核となる存在の象徴的意味、4、新たに形成されてきた脱境界・超境界としてのコミュニティの実体とそこから抽出される里山・里海概念の検討へと向かう。これらの事項の検討を通じて本研究の課題である、過疎高齢社会が潜在的に有するとされる脆弱性という観念の再考を試みる。 以上の検討を通して、長年にわたり継続研究を続けてきた甑島と鳩間島を対象とした動態的民族誌(民俗誌)の執筆を行う予定である。甑島はIターン者数が少なく、Uターン者が尼崎や関西在住者を中心に結成されている郷友会と密接に連絡しあいながら、新たにコミュニティ形成に向けた地道な活動をしている。これに対し鳩間島では、むしろこれまで島とは縁もゆかりもなかったIターン者と島滞在経験者(観光客と海村留学制度により鳩間の学校で学んだ人たち)との重層的ネットワークの中に鳩間島民が組み込まれる形でコミュニティ形成が見られる。外部の力が内部の力に先行する形で地域おこしが見られる例として鳩間を位置づけることが可能である。 この2つの異なるコミュニティ形成を比較するなかで、コミュニティ論にふれつつ、地域が固有にもつ知的資源が、近年醸成された里山・里海論による理論的かつ心理的支援を受けて既成の村落社会とは異質な社会を形成していることを明らかにする。 2年間にわたり実態調査が実現できていない関東の山村の調査を最終年度には実施予定である。また、冒頭からふれているように、大規模自然災害という未曾有の災害を経験した東日本の山村、海村の復興やresilienceと当該研究とを結びつけることが最終年度の課題である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
最終年度である次年度はすでに主たる研究調査を実施した甑島と鳩間島の調査は必要に応じて最低限の補充調査にとどめる。過去2カ年にわたり実体調査の実績がない関東の山村(檜原村あるいは秩父山村)で延べ7日間程度の聞き取り調査を予定している。また、会津山村においても歴史的な出来事や民俗伝承をいかした地域おこしが行われている点に着目した補充的な実態調査を5日間程度実施する予定である。そのために次年度の研究費の多くが旅費として使用する予定である。 大まかな予定は 1、5月の連休を利用した会津地域での4泊5日の調査、2,土日や祝日を利用した延べ7日間程度の檜原村あるいは秩父地域での聞き取り調査、3、八重山地区の石垣島あるいは鳩間島におおいて5泊6日程度の補充調査、4、架橋の開設に向けた住民の動きに関する調査と過去2年間の調査の補充調査を目的とした薩摩川内市の上甑町、鹿島町(ともに上甑島と下甑島)での5泊6日程度の調査である。 すでに必要な文献は過去2年にわたり充足させており、物品費(主に文献購入費)に関しては、今後は新たな資料が発刊された際の購入、コピーなど必要最小限にとどめる。 また調査協力者への還元、地域への還元を目的とした報告書刊行として8万円程度を計上する。これには写真現像代、PC関連品購入なども含まれている。鳩間島と甑島の民族誌(民俗誌)出版に関しては、出版助成ではなく、出版を出版社に依頼する予定である。以上、次年度の直接経費の75%程度を旅費に、残りの25%を文具類、写真現像代、出版に向けた関連品購入に充てる予定である。
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