2011 Fiscal Year Research-status Report
高齢者及び緩和ケアにおける音楽健康法としての声楽療法の実践とその有効性
Project/Area Number |
23652039
|
Research Institution | Fukuoka University of Education |
Principal Investigator |
橋本 エリ子 福岡教育大学, 教育学部, 教授 (60253366)
|
Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
|
Keywords | 国際研究者交流 |
Research Abstract |
日本における高齢化が急速に進み、ADL(日常生活動作)の低下による寝たきり高齢者の介護や痴呆症への対応など、高齢者を取り巻く問題が多い昨今、高齢者の自殺や引きこもり、精神疾患などの人間の心に対する声楽療法による重要性と治療が強く求められているといえる。このような中で、「高齢者及び緩和ケアにおける音楽健康法としての声楽療法の実践とその有効性」に関して研究を行った。声楽療法は、意図的に音楽を用いた心理療法であり、特に、音楽の特性を生かして行う治療活動である。この声楽療法がきっかけとなり、高齢者がよりよい加齢、その人らしい老いを実現することが可能であるかを検証した。 音楽療法の中でも、特に声楽療法(ベルカント・セラピー)による健康な歌唱により、心を癒す療法としての研究を行った。特に、声楽療法により、音楽の楽しさと人との交流、さらに心身の癒しを体験し、学習し、自由に自己を表現していくことによって、心理面、生活面、身体機能面の改善、生活の質の向上に大きな効果が得られた。音楽という言葉を越える芸術媒体を通して行われる音楽療法では、患者のニーズ、または音楽の効果等がしばしば具体的な言葉を越え、象徴的に音楽の中に表出されることがある。歌唱を行い、実際に音楽を楽しむことで、生きる喜びなどの生きがい再生や支援を行い、高齢者ケア及び緩和ケアにおける音楽療法の接点と役割を明らかにするだけなく、音楽健康法としての声楽療法を実施した。 また、福祉の先進国であるスウェーデンを訪問し、ストックホルム音楽大学の講師である音楽療法士のイングリット先生(Ingrid Hammarlund)との対談において、現在の音楽療法教育の現状を把握し、声楽療法の必要性、今後の音楽療法の科学的実証による音楽療法士の国家資格化、そしてターミナルケア及び末期がん患者の治療の一環としての音楽療法の重要性について研究を行った。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成23年度の計画では、日本における高齢者ケア及び緩和ケアにおける音楽療法、声楽療法の実践と有効性に関して研究を行った。 音楽療法の中でも、特に歌唱など音楽を演奏することによって行う活動的音楽療法(能動的音楽療法)、つまり身体づくりと精神療法としても高い評価を得ているベル・カント発声法による声楽の臨床的意義と効用に関する研究を進めることができた。また、声楽を日常生活の中に取り入れていくことで、中高年の脳機能を高めるだけでなく、呆けないようにするための筋肉トレーニングをベースにした声楽療法が極めて有効であることが判った。今年度は、特に日本歌曲の歌唱に焦点を絞って、高齢者治療の有効性について研究を行った。日本歌曲を教材として、正しい発声法である声楽テクニックとその基礎となるベル・カントの発声法を行うことにより、健康に導き、心のケアに有効であることを実証すると共に、発声・歌唱練習方法など具体的な声楽療法の実践方法を研究した。 また、福祉の先進国であるスウェーデンを訪問し、ストックホルム音楽大学の講師である音楽療法士のイングリット先生(Ingrid Hammarlund)との対談において、現在のスウェーデンの音楽療法の現状、リハビリテーションにおける音楽療法、特にFMT(脳機能回復の促進を目指した音楽療法)の活用、音楽療法における声楽療法の必要性、ストックホルム音楽大学における音楽療法カリキュラム及び実習の現状、心理教育の重要性、音楽療法の科学的実証による音楽療法士の国家資格化、ターミナルケア及び末期がん患者の治療の一環としての音楽療法の重要性について討論できたことは、今後の声楽療法の研究の遂行に、大きな目標と課題ができた。 以上のように、音楽療法の中でも、音楽健康法としての声楽療法を研究し、具体的な練習を取り入れた実践ができた点において、おおむね順調に進展していると評価した。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策としては、緩和ケアにおける日本の懐かしい歌曲を聴くことによって行う受動的音楽療法による実態とその効用に関する研究を行う。音楽を聴くことは、情緒や行動の変容を目的とするもので、音楽を積極的に聴きたがらない患者や音楽を聴くことを拒否する患者に対して行う、音楽を刺激として与える刺激療法と、音楽鑑賞そのものを方法とする音楽の感動を利用した観賞療法とに分かれる。今後は、患者の状態像に応じて、気分、テンポ、音の大きさを考慮し、日本の懐かしい歌曲を聴くことにより行う声楽療法(ベルカント・セラピー)を実践し、心のケアの有効性に関して研究を行う。 緩和ケアの病気に関連する身体的症状には、疼痛、吐き気、息切れ、不眠などが挙げられるが、特に痛みの症状は、必然的に精神的不安を生み、その不安が症状を悪化させるという悪循環を繰り返す可能性がある。音楽による痛みの緩和の効用に関しては、感情を刺激する音や音楽が脳内機能の痛みを感じるプロセスに多大なる影響を与えることが、精神心理学や生物医学的リサーチで解明されている。また、音楽聴取による患者自身の痛み感覚の減少効果の報告も多くみられる。 従って、音楽療法、特に今後研究を行う声楽療法は、痛みの緩和効果目的の鎮痛剤を併用しながら、音楽を通して安心したり、心地よくなったり、希望をもったりする生状態により、痛みと不安の悪循環を断ち切るために、患者に特に合わせて選ばれた音楽と、リラクセ―ション技法、呼吸法などを開発する。あるピッチの母音を長くのばすように発声することで、呼吸状態を改善し、精神を集中させるように働きかける効果は勿論のこと、簡単な、繰り返しのメロディに、患者にとって、意味ある言葉を乗せて発声することで、精神を集中させたり、自己肯定的なイメージを抱くように働きかける声楽療法を開発するものである。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用計画としては、近代ホスピス運動発祥の地であるイギリスのセント・クリストファーズ・ホスピスにおける緩和ケアの現状を視察する為の外国旅費、及び日本における高齢者及び緩和ケアにおける音楽療法、特に声楽療法(ベルカント・セラピー)の実践と有効性に関して研究を行う為の、音楽療法関係図書、発声法・呼吸法関係図書、叢書日本の童謡、その他プリンター・トナー、CD-Rを必要としている。さらに、音楽療法、特に声楽療法(ベルカント・セラピー)の指導論を研究する為に、音楽療法の関係図書も必要としている。 音楽療法とは、「音楽を聴く」「演奏する」「歌う」「踊る」これらの一連の過程を通して実践されるが、現在音楽療法は、様々な臨床現場で、数え切れないほどの健康問題に対処するために用いられ始めている。特に、緩和ケアにおける音楽療法は、ひときわ重要な位置を占めており、この研究の為の音楽関連のCDやDVDが必要となる。また、受動的音楽療法の古典・バイブル的存在としてのポドルスキーの「音楽療法」には、音楽処方曲目リストが紹介されている。この音楽処方曲目リストは、西洋の音楽で分類されており、(1)不安神経症の音楽処方、(2)神経衰弱状態の音楽処方、(3)うつ状態の音楽処方、(4)心身症の音楽処方・高血圧の音楽処方、(5)心身症の音楽処方・胃腸障害の処方という具合に区分されている。その選曲にあたって重要なことは、患者の気分や精神のテンポに合った音楽を使用している点である。その時の気分に合った、好きな曲を歌うのが基本となり、音楽の持つ感動や陶酔感を一層深めるのが効果的といわれる作品を分析することで、このリストを日本人に適した声楽曲、つまり日本の歌曲や童謡、子供の頃に聴いた懐かしいクラシックの声楽作品に置き換えて、どのような効果がみられるか分析・調査し、有効性を研究する為の声楽作品のCD・DVDを購入する計画である。
|