2011 Fiscal Year Research-status Report
ジャンルとしてのファンタジーの可能性―『指輪物語』は支配的なテクストか
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23652061
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
渡辺 美樹 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 准教授 (90201235)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | ファンタジー / ジャンル / 道化 |
Research Abstract |
本研究は、J.R.R.トールキンの『指輪物語』を道化的人物像の視点から他の作品と比較検討することで、現代ファンタジーの新しい文学ジャンルとしての特徴を明らかにすることを目的とする。ファンタジーは、リアリズム文学の対極にあるものとして漠然と受けとめられているが、そのジャンルとしての定義はいまだ十分になされてはいない。例えばトドロフに倣い驚異と怪奇の境界線上に位置するものとしてこれを定義したとしても、『指輪物語』のような異世界創造の物語群の特徴は捉えられない。よって本研究では、『指輪物語』が現代ファンタジーにおいて『影響と不安』に言う「支配的なテクスト」であることを考察し、この新たに構築されたジャンルがこの作品の特徴である道化像の増殖によって特徴付けられることを明らかにしようとするものである。 トールキンによってファンタジーの源泉とされている口承文学の中でのトリックスターの役割がユング派等によって指摘されている程度で、道化もしくはトリックスターがファンタジー文学の要としての重要性を持つという指摘はこれまでなされていない。善と悪の戦いをモチーフとする作品群では必ず道化に当たる両義的な人物が善と悪をつなぐ役割を果たしているように、異世界と現実の世界をつなぐためにもそうした存在が必要となる。よって、道化の概念をファンタジーに取り入れるのは意義がある。道化は、王の身体論や王権をモチーフに扱うことが多いシェイクスピアの時代において意義のある登場人物であると一般に考えられている。それと同様に、中世に似た時代を異世界として準創造する現代ファンタジーでも、道化を王権に付随して登場してくる人物像として捉えることが可能である。その王と道化の例が来たるべきアラゴルンとフロドに当たる。その二人を繋ぐものが「一の指輪」であるという結論に至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究が明らかにしたのは道化が善と悪の両面を兼ね備えた境界的存在として『指輪物語』に描き出されたことがファンタジー文学そのものに決定的な影響を与えたという考え方である。『指輪物語』の視点人物ホビット族は、バフチーンのいう、小人という「グロテスクな身体」を生かして王に仕える道化である。小人、あるいは侏儒は、低人であるがために悪魔の凶眼避けとして役立つと考えられ、宮廷道化として王に仕えてきたという歴史がある。さらに、このホビット族のフロドとさすらいの王子アラゴルンには、王権神話における王と道化の関係が成立する。王子の祖先の犯した過ち、すなわち邪悪な指輪を破壊せずに自分のものとしたという過ちを償うべく、指輪を破壊するための旅に出るのは、所有権を有する王子ではなく、ホビット族のフロドだからである。 この作品がエピックファンタジーと呼ばれていることからわかるように、叙事詩的な要素をもつ。叙事詩の持つミメシスの原理からすべての事柄を明らかにしようとする衝動に駆られて描き出したために長大な作品になっていることが結果的に示している。しかしながら、叙事詩のもつこのような特徴をいかにファンタジーが取り入れているのかが不明である。この点についてさらに考えを進めないと、ジャンル論としてファンタジーを定義するのに瑕瑾を残すことになる。その点でやや遅れていると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
『指輪物語』をはじめとする作品中でのトールキンの「中つ国」という異世界創造を分析することによりファンタジーというジャンルを理論的に定義することを本年度の目標とする。『指輪物語』を含めたトールキンの「中つ国」という異世界創造の中からファンタジーというジャンル概念の理論的な構築をこの年度に行う。ファンタジーの原点である幻想と現実の融合を縦軸とし、両義性を有する道化という視点人物や、物語内で現実と幻想との乖離をもたらす叙事詩的距離を考察することで、理論的に明確なファンタジー論の構築を目指す。その際、ファンタジー文学の源泉ではあるものの、ジャンルとしては過去のものとなってしまった叙事詩や牧歌についてのジャンル論を援用することが有意義であると考える。ファンタジーの概念は19世紀にはなかったと考えられる。トールキン以後に出てきた考え方であるとトールキンの『妖精物語論』から言えると思うので、『指輪物語』をメインにして考えていく。 ブルームの『影響の不安』やバフチーンの「叙事詩と小説」の考え方を元に理論を構築する予定であるが、インターテクスチュアリティの考え方を援用した文学理論や研究がし尽くされた感のある叙事詩や牧歌のジャンル論も必要であると考える。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
今年度の目標は『指輪物語』を核にしてジャンル論を考えていくことなので、6月30日にトールキン研究者の集まりを開く。シンポジウムや講演で意見交換をする予定である。トールキンの専門であった『ベオウルフ』にも王と道化が描かれている。このようなことを鑑みて、中世の研究者やケルト研究者からトールキンの研究テーマであった作品や語学の知識を得てから、ジャンル論を考えることが肝要と考えた。研究集会を開くことに18万円の謝金を使う予定である。秋には研究発表を東京でするので旅費として10万円請求する。また20万円は「トールキン関連図書」の購入に充てたいと考える。
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Research Products
(2 results)