2011 Fiscal Year Research-status Report
ジャン・コクトーの宗教観とオカルト―テクスト分析と図像解析による多角的研究
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23652069
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Research Institution | University of Fukui |
Principal Investigator |
松田 和之 福井大学, 教育地域科学部, 教授 (50239026)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | フランス文学 / 教会美術 / オカルト |
Research Abstract |
ジャン・コクトー(1889-1963)の宗教観について、平成23年度は、晩年の文学作品及び日記をもとに考察を深めた。分析・読解の主たる対象となったのは、戯曲『バッカス』 (1952) と大部の日記群『定過去』(1951-1963)である。 スイスの一地方に伝わる奇習をもとに着想された『バッカス』は、ルターの宗教改革にも題材を求めるなど、宗教的なテーマに真正面から取り組んだ唯一のコクトー作品であり、特に反カトリック的な思想を持つ主人公ハンスとバチカンの枢機卿の論戦が繰り広げられる第2幕は、コクトーの宗教観を理解する上で見落とすことができない。のちにモーリヤックとの間で闘わされることになる「バッカス論争」の火種となったハンスの言葉をそのまま作者の言葉と受け取るのは短絡に過ぎるだろうが、そこにコクトー自身の宗教観が反映されていることは否めない。時に禅問答を思わせるハンスと枢機卿の言葉のやり取りからは、ハンスが、(1)カトリック的な宗教観とプロテスタント的な宗教観の対立点を浮き彫りにした上で、それらをともに退けている点、(2)教会の存在を厳しく糾弾している点、(3)イエス=キリストに対して「秘められた美の王」という独自の評価を下している点が確認できた。とりわけ(3)については、今後さらに掘り下げて検討することで、コクトーの宗教観の核心に触れることができるのではないかと考える。 『バッカス』と並行して『定過去』をも読み進めているが、宗教観に関わる記述は思いのほか少なく、それよりもむしろ、現代物理学に反する「超科学」的な知見が随所で披露されている点により強く関心をひかれた。話題はOVNI(UFO)にまで及び、晩年のコクトーが独自の世界観を温めていたことが窺い知れるが、それが彼の宗教観にどのように関係しているのか、今後とも継続して『定過去』の読解に取り組むことで、その答えを探ってゆきたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「バッカス論争」でカトリック作家のモーリヤックが戯曲『バッカス』の何を問題視したのか、それを正確に把握することでコクトーの宗教観と正統なカトリックの宗教観との相違を照射できるものと考え、戯曲と並行して『定過去』に所収の「バッカス文書」(論争に関する資料集)をも平成23年度に読み込む予定であったが、多種多様な話題がさながら万華鏡のように展開される日記群の、例えば「研究実績の概要」の中でも言及した「超科学」に関する記述などに強く興味をひかれ、その読解に想定外の多くの時間を費やしてしまった結果、肝心の「バッカス文書」の分析が少々おろそかになってしまった。 「バッカス文書」も含めて、コクトーが残した日記群には質量ともに厖大なものがあり、その全容を把握するためには、長期にわたる地道な取り組みが求められる。平成24年度には、テクスト分析とともに本研究の両輪を成す教会美術作品の図像解析に多くの時間を割くことになるが、それと並行して、引き続き「バッカス文書」の読解にも鋭意取り組み、異色の宗教劇にこめられたコクトーの真意を探ってゆきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
『ダ・ヴィンチ・コード』等でも言及されるなど、しばしば興味本位にオカルト的な文脈で語られることのあるコクトーの宗教観について、平成23年度はテクスト分析の手法を通じてその解明に取り組んだが、平成24年度には、コクトーの教会美術作品の図像解析を通じて、異なる角度から光を当ててみたい。 具体的な方策としては、大学の夏季休暇を利用して渡欧し、コクトーが1956年から1963年にかけて制作した教会美術作品、すなわちフランスとイギリスに点在する四つの礼拝堂内に描かれた壁画及びステンドグラスを主たる調査・研究の対象とするフィールドワークに取り組む。カトリックの礼拝堂内にコクトーが描いた図像を綿密に分析し、そこに異教的・異端的な要素が認められるか否か、慎重に考察を加えてみたい。 加えて、渡欧時には、コクトーの宗教観との関連が予想されるマグダラのマリアやテンプル騎士団に所縁の宗教施設等をも訪問し、正統的なカトリック信仰に抗して地下に追いやられ、オカルト的な性格を帯びながらも脈々と受け継がれてきた異端信仰について、より幅広く見聞を深めたいと考えている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成23年度に予定していた最新モデルのノートパソコンの購入を取り止め、現有品で代用することにした。また、平成24年度に、同年度に実施されるフィールドワーク用に購入する予定であった一眼レフのデジタル・カメラを、あらかじめ操作に習熟しておく必要性を感じたため、時期を一年前倒しして平成23年度に購入した。 結果として、平成23年度の研究費に10万円近い残額が生じたが、これは、平成24年度におけるフランス文学関係図書・キリスト教関係図書の購入経費、それにフランスとイギリスでのフィールドワークに係る旅費等の諸経費に充てたい。特に後者の充実は、教会美術作品の実地調査を実りあるものにするためには必須であり、本研究の成否がそこにかかっていると言っても過言ではあるまい。平成24年度分の旅費等と併せて、有効に活用したい。
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