2013 Fiscal Year Research-status Report
ジャン・コクトーの宗教観とオカルト―テクスト分析と図像解析による多角的研究
Project/Area Number |
23652069
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Research Institution | University of Fukui |
Principal Investigator |
松田 和之 福井大学, 教育地域科学部, 教授 (50239026)
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Keywords | 仏文学 / 教会美術 / キリスト教 / 異端思想 |
Research Abstract |
平成23年度に行ったテクスト分析と平成24年度にフランスとイギリスにおける現地調査を通じて行った教会美術作品の図像解析の成果を基に、オカルト的な側面を持つコクトーの宗教観について考察を深めた。特に注目したのが、ロンドンの繁華街ソーホーの一郭に位置するノートルダム=ド=フランス教会内の聖母礼拝堂の祭壇の背後に配された異形の「磔刑図」である。不可解な図案が満載されたこの壁画の中でもとりわけ謎めいているのが画面の右端に緑の線で描かれた男性像であり、その素性を特定するのは難しい。壁画の制作時にコクトーがつけていた日記にこの男性像への言及が一箇所見受けられるが、「右側の大きな顔」という曖昧な形容が用いられており、饒舌な詩人には珍しく言葉数も少なく、その素性をあえて伏せようとする心理がそこに働いているような印象すら受けた。 魚形の目をしたこの謎の人物像についてアトリビュートという観点から図像学的な考察を加え、さらに磔刑図の主人公であるべき十字架上のイエスの姿が下半身しか描かれていない点と併せ考えた結果、その正体はイエス本人であり、十字架上の人物はイエスの替え玉ではないか、という思いがけない結論に至った。突飛な解釈にも思えるが、カトリックの教理の要となるイエスの磔刑とその復活による人類の贖罪という考え方をコクトーが否定的に捉えていたことは日記中のさまざまな記述からも明らかであり、彼が意図的・戦略的に、カトリックの礼拝堂の磔刑図中にキリスト教の異端思想グノーシスに特有のイエス替え玉説を潜ませた可能性は否めない。本考察は、研究論文の形で平成25年度末に公表された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成24年度に行ったフィールドワークの際に、予期せぬトラブルでフレジュスのノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂(通称コクトー礼拝堂)を訪れることができなかったため、平成25年度は、やむなくロンドンのノートルダム・ド・フランス教会の聖母礼拝堂を中心に考察をまとめることになった。だが、コクトーの宗教観を理解するためには、やはりコクトーが生涯の最後に手掛けた教会美術作品を収めるノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂の詳細な調査・研究が不可欠であることに思い至り、平成25年度分の研究費を外国旅費に充て、フレジュスを訪れる予定であったが、諸般の事情で渡仏する時間が持てなかった。平成26年度中に現地調査を実施し、研究計画の遅れを取り戻したい。 本研究の調査対象となる4礼拝堂のうち、ヴィルフランシュ=シュル=メールのサン=ピエール礼拝堂とロンドンのノートルダム・ド・フランス教会の聖母礼拝堂の壁画において、ともにある人物像に複数の属性を付与することで異端的なモチーフをカムフラージュしながら表現しようとする作為の跡が確認された。残りの二つの礼拝堂、ノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂とミィ=ラ=フォレのサン=ブーレーズ=デ=サンプル礼拝堂においても、同様な性格を持つ素性の曖昧な人物像の存在が確認されれば、異端的なテーマをカトリックの礼拝堂中に潜ませるためにコクトーが戦略的に用いた手法を論証することができるように思える。ノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂のみならず、平成24年度に訪れたサン=ブーレーズ=デ=サンプル礼拝堂の壁画についても、さらなる図像の分析と考察が必要であると考える。 教会美術作品の研究と並行して進めているコクトーの日記群『定過去』の読解は、本研究のテーマに関連する内容を拾い読みする形になってしまったが、まずまず順調に進んでいると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
補助事業期間の延長が承認されたため、平成25年度の未使用額を平成26年度の外国旅費に充てることとしたい。夏季休暇を利用して渡仏し、コクトーの宗教観について考察を深める上で重要な鍵を握る作品であると考えられるノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂において、特に、そこに描かれた数多くの不可解な図案と八角形をしたその特異な形状に関して調査・研究を行う予定である。 加えて、渡仏時には、コクトーの宗教観との関連が予想されるマグダラのマリアやテンプル騎士団に関して平成24年度に行ったフィールドワークを補うべく、所縁の宗教施設等を訪れ、正統的なカトリック信仰に抗して地下に追いやられ、オカルト的な性格を帯びながらも脈々と受け継がれてきた異端信仰について、より幅広く見聞を深めたいと考えている。 こうした現地調査による教会美術作品の分析と並行して、厖大な分量から成る『定過去』の記述内容を分析・分類する地道な作業をも継続してゆく必要がある。とりわけその中に収められている「バッカス文書」にはコクトーの宗教観を解く鍵が隠されていると考えられるため、慎重な読解を心がけたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度に行ったフィールドワークの際に、予期せぬトラブルで訪れることができなかったフレジュスのノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂を平成25年度に改めて訪問し、そこに収められたコクトー最晩年の教会美術作品の詳細な調査・研究を行う予定であったが、諸般の事情で渡仏する時間が持てなかったため、科学研究費助成事業補助事業期間延長を申請し、平成25年度分の研究費を平成26年度に外国旅費として使用することを計画した。幸いにも申請が承認されたため、次年度使用額が生じた次第である。 夏季休暇期間に渡仏し、南仏フレジュスを訪れてノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂の内部壁画及び八角形の特異な形状を持つ建築様式に関する現地調査を行う。次年度使用額は、全額そのための外国旅費に使用する予定である。
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Research Products
(1 results)