2011 Fiscal Year Research-status Report
近代日本文学の「優生思想」問題に関する表象分析・比較思想史的研究
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23652079
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Research Institution | Aoyama Gakuin Women's Junior College |
Principal Investigator |
辻 吉祥 青山学院女子短期大学, その他部局等, 准教授 (50409588)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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Keywords | 優生学 / 比較文学 / 木下尚江 |
Research Abstract |
本研究は、〈近代〉日本における最も包括的かつ根底的なイデオロギーである「社会進化論」すなわち「優生思想」と、その文学に与えた影響、相互浸透関係を明るみに出すことを眼目として、そのための実証的基礎資料を国際的視野で集めつつ、新視点で研究を展開するものである。初年である2011年度は、研究計画に従い、国内外の諸施設における基礎資料の精査・収集に努め、問題関心別に系統化させることを第一とした。また中間成果として、学会研究発表を一件おこなった。その基軸は、(1) 明治・大正期の解放思想、なかでも幸徳秋水、木下尚江、大杉栄のテクストにおける進化論思想の浸透を検分すること、(2)上記解放思想の担い手が解放しようとした対象、被差別・被支配階級ないし下層社会についての記録を収集、再検討すること、である。(1)のうち木下尚江の文学思想については、「禁酒から「ミルクと蜜の大地」へ――木下尚江の社会主義小説再考」と題して、従来まったく試みられなかった、合衆国の思想家ヘンリー・ジョージ『進歩と貧困』における進化思想や遺伝についての見解との比較検討がおこなえた(早稲田大学国文学会秋季大会)。またこれらに並行して、植民地の優生思想のあり方との比較検討の調査のため、韓国慶尚南道山清郡聖心園を訪問、関係資料の収集をはかった。主として以上の作業と検討により、明治・大正期の解放思想・文学が、今日の発想からは死角となる形での自然史的思考の侵蝕を受けており、文学的〈近代〉における「社会」性が今日からする定義とは異なること、またそれゆえにこれまで読解上の誤まりが生じていたこと、その経緯の重要な諸点を明確にすることができたと思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度の課題とした明治・大正期の解放思想の分析、とりわけ「貧民問題」をめぐる社会的な把握と自然史(優生学)的把握の交錯を読み解く作業については、進捗が順調であり、とりわけ早い段階で、木下尚江の文学思想について「禁酒から「ミルクと蜜の大地」へ――木下尚江の社会主義小説再考」と題して学会研究発表ができた点は、大きな収穫であったと言える(12月、早稲田大学国文学会秋季大会)。この発表は、従来全く試みられなかった、合衆国の思想家ヘンリー・ジョージの『進歩と貧困』における進化思想や遺伝についての見解との比較検討を含んでおり、廃娼問題における女性の貧困(貧困とジェンダー)、性道徳問題、思想の国際的視野での比較などの研究課題の諸要素を十全に満たしたテーマ追究であった。また、資料調査・収集についても、高額書籍については複写で済ませる工夫を行ない、植民地期朝鮮半島の資料調査にまで予算の範囲内で手を伸ばすことができたため、次年度の研究の基礎資料が十二分に拡充されたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の進行具合に特に問題も生じておらず、当初の研究計画通りに進めていくことに大きな変更はない。一次資料の収集と解読に時間をできるだけ割けるように努力、工夫しなければならない点も同様である。できれば、日夜研鑽を積んで、貧困問題の外部化=優生思想の実験場としての戦争と文学のかかわりについても、研究努力の範囲でさらに伸展させたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究費については、物品費にて優生学関連図書、明治・大正期下層社会関連図書を、研究課題に直接関係するものとして購入する。旅費については、植民地期の朝鮮半島=日本の資料に関して、優生学の対象となったハンセン病についての文献・文学作品を収集し、施設視察にあたるための出張経費とする。人件費・謝金については、研究時間の確保のためにも国内資料の収集・複写に補助者を得、その費用にあてる。その他費用のほぼ全ては、資料複写費である。なお、予算の有効な活用と限られた費用での資料の最大限の収集のため、物品(図書)費用を複写費で済ませる工夫を行なうことも検討している。
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Research Products
(1 results)