2011 Fiscal Year Research-status Report
ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の法概念の比較哲学的・比較宗教学的考察
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23720008
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
山本 芳久 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (50375599)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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Keywords | 西洋中世哲学 / イスラーム哲学 / トマス・アクィナス / イブン・ルシュド / アヴェロエス / 法哲学 / 比較宗教学 / 比較哲学 |
Research Abstract |
本研究の目的は、別々に研究されることの多い西洋中世哲学とイスラーム哲学を同じ土俵に乗せて研究することによって、以下のような三つの成果を得ることである。第一は、思想史研究における空白部分を埋め、古代ギリシア哲学からイスラーム世界を経てラテン・キリスト教世界に至る哲学史の根本的な書き換えを行なうという基礎的研究の遂行である。第二に、法の哲学的根拠づけという哲学の根本問題の一つに関して、比較哲学的・比較宗教学的観点から取り組むことである。第三に、現代世界において焦眉の課題となっている文明間対話に関して、西洋近代的な観点からのみ取り組むのではなく、或る意味では共通の地平の中で文明を形成していたとも言える「中世哲学」の時代に着目することによって、両文明間の連続性と非連続性の詳細を明らかにし、対話の可能性を新たな仕方で見出すことである。 その中で、本年度は、第一の哲学史的・文献学的研究に重点を置いた研究を遂行した。イスラーム世界においては、ギリシア伝来の哲学が翻訳され活発に研究されるとともに、それに対する警戒感も根強かった。法学においては、『クルアーン』や『ハディース』のみに依拠するのではなく哲学的な議論を援用する試みに対する否定的な見解が根強く存在していた。このような状況の中で、アヴェロエスは、『法学(シャリーア)と哲学の関係を定める決定的論考』において、啓示に基づいた法学と理性に基づいた哲学との調和を説き、哲学の探究がイスラームにおいて許されるものであるどころか義務でもあることを主張した。本年度の研究においては、このような観点から、ラテン・アヴェロエス主義とも対比させつつ、アヴェロエスにおける「法概念」および「信仰と理性の関係」についての研究を遂行した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在までの成果としては、まず、2011年6月に開催された西洋中世学会第三回大会のシンポジウム「ヨーロッパとイスラーム:文化の翻訳」のコーディネーター・司会者・提題者として、哲学・史学・文学・音楽学・美術史学といった複数の分野の研究者との交流のなかで、「ヨーロッパとイスラーム」の相互影響関係に関する学際的なシンポジウムを取りまとめた。私自身の提題としては、「<アヴェロエス>と<イブン・ルシュド>:ラテン・キリスト教世界におけるイスラーム哲学受容についての一考察」というタイトルの発表を行った。このシンポジウムは、「ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の法概念の比較哲学的・比較宗教学的考察」という本研究課題を、より広い学際的なコンテクストに位置づけ直す役割を果たすものとなった。 また、岩波書店から三巻本として刊行中の『イスラーム哲学とキリスト教中世』の第一巻「理論哲学」に、「真理の開示の形式としての<スコラ的方法>:トマス・アクィナスの感情論を手がかりに」という論文を発表した。この論文は、西洋中世のスコラ哲学の探究の方法論である「スコラ的方法」を分析しつつ、イスラーム世界における知的探求の構造との対比や影響関係をも示唆したものとなっている。 更に、講談社から四巻本として刊行中の『西洋哲学史』の第II巻に、「イスラーム哲学:ラテン・キリスト教世界との交錯」という論考を発表した。ラテン語テキストに基づいた西洋中世哲学の研究と、アラビア語テキストに基づいたイスラーム哲学の研究は、通常、別々の研究者によって独立した活動として行われているが、この論考は、この二つの研究分野を一人の研究者が統合しつつ影響関係を掘り下げて分析した本格的な試みとなっている。 このような仕方で、本研究課題の成果は、様々な仕方で公開されてきており、本研究課題は順調に進捗していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
上記のように、本研究課題は、おおむね予定通りに、順調に進捗している。 それゆえ、当初の研究実施計画通りに、平成24年度は、「ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の法思想の比較研究(法哲学的探求)」を遂行し、平成25年度は、「哲学史的研究と法哲学的探求に基づいた文明論的対話の構想」へと進んでいく予定である。 そして、最終的には、二年間の哲学史的研究と比較法哲学的探求を踏まえ、文明論的対話という観点から、研究を取りまとめる。ある意味においては共通の地平の中で文明を形成していたとも言える「中世哲学」の時代に着目することによって、両文明間の連続性と非連続性の詳細を明らかにし、対話の可能性を新たな仕方で見出す。 具体的には、まず、キリスト教文明とイスラーム文明の双方が内部に抱えこんでいる多元性を明らかにする。法哲学に関して言えば、ラテン・キリスト教世界においては理性に基づいた自然法的な発想が存在していたがイスラーム世界においては神の超越的な意志が強調され、理性に基づいた自然法的な発想は希薄であったという通説とは異なり、実際には、キリスト教世界の側にもオッカムのように神の絶対的な超越性を強調する立場もあったし、イスラム教の側にも、アヴェロエスのように理性や哲学の重要な役割を強調する立場も存在したのである。このような仕方で、表面的には相異なっていると見える両文明の間に、我々が思い込んでいるよりも遥かに緊密で相互浸透的な関係が存在していることを明らかにする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度は、「ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の法思想の比較研究(法哲学的探求)」に取り組む予定である。 具体的には、トマス・アクィナスとスアレスの法に関するテキストを哲学的に分析する。スアレスの法思想に関しては、中世末期のオッカム主義と対比しつつ研究し既に論文を発表しているので、それを援用発展させる。中世においては、ラテン世界においても、イスラーム世界においても、法は宗教(啓示)によって根拠づけられていた。それに対して、西欧の近代法においては、法は、基本的に、宗教や倫理とは区別されたものとして扱われる。この点において、西欧近代はイスラーム世界と大きく異なっている。西欧においてこのような動きが顕在化したのは、「たとえ神は存在しないと仮定したとしても自然法の存在と妥当性は何らかの場所を持つことであろう」と述べつつ近代の世俗的な自然法・国際法を基礎づけたとされるグロティウスによる。だが、その萌芽は、中世スコラ学における自然法思想のうちに見出すことができる。このような観点から、ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界における法概念の比較哲学的研究を行う。 このような研究を遂行するためには、キリスト教思想とイスラーム思想および法哲学に関連する大量の書籍を収集する必要がある。そのため、平成24年度の研究費の多くの部分を、これらの書籍を収集するために使用する予定である。
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Research Products
(8 results)