2012 Fiscal Year Research-status Report
ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の法概念の比較哲学的・比較宗教学的考察
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23720008
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
山本 芳久 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (50375599)
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Keywords | 西洋中世哲学 / イスラーム哲学 / トマス・アクィナス / イブン・ルシュド / アヴェロエス / 法哲学 / 比較宗教学 / 比較哲学 |
Research Abstract |
本研究の目的は、別々に研究されることの多い西洋中世哲学とイスラーム哲学を同じ土俵に乗せて研究することによって、以下のような三つの成果を得ることである。第一は、思想史研究における空白部分を埋め、古代ギリシア哲学からイスラーム世界を経てラテン・キリスト教世界に至る哲学史の根本的な書き換えを行なうという基礎的研究の遂行である。第二に、法の哲学的根拠づけという哲学の根本問題の一つに関して、比較哲学的・比較宗教学的観点から取り組むことである。第三に、現代世界において焦眉の課題となっている文明間対話に関して、西洋近代的な観点からのみ取り組むのではなく、或る意味では共通の地平の中で文明を形成していたとも言える「中世哲学」の時代に着目することによって、両文明間の連続性と非連続性の詳細を明らかにし、対話の可能性を新たな仕方で見出すことである。 その中で、本年度は、第二の法哲学的・比較宗教学的研究に重点を置いた研究を遂行した。成果としては、まず、単著『トマス・アクィナスにおける人格(ペルソナ)の存在論』(知泉書館)を刊行した。同書は、「人格の存在論」という独自の観点からトマスの人間論を再構成しつつ、「存在論的倫理学」を体系的に展開したものである。認識論・存在論・倫理学・法哲学という、トマス哲学の中核的な構成要素を統合しつつ、トマスのテキストの綿密な読解と、その現代的意義の探究を両立させうる創造的な再解釈を遂行した。とりわけ、第IV部「存在充足の原理としての自然法」において、詳細な法哲学的探究を行った。 更に、「倫理的規範の絶対性について:トマス、スコトゥス、ビトリア」という論文を発表した。本論文は、スコラ哲学の法理論を「規範の絶対性」という観点から分析したものであり、トマスだけではなく、後期スコラ学の代表者であるスコトゥス、近世スコラ学の代表者であるビトリアの法理論を比較考察したものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」においても述べたとおり、『トマス・アクィナスにおける人格(ペルソナ)の存在論』という単著を刊行し、中世スコラ学の代表者であるトマス・アクィナスの倫理学と法哲学を存在論的に基礎づける体系的な枠組みを、書籍という形で既に公表しており、ラテン・キリスト教世界とイスラーム世界の比較思想を主題とした本研究課題のうち、ラテン・キリスト教世界に関わる成果は既に充分に達成されていると言える。 また、イスラーム世界に関わる成果としても、既に、「アヴェロエス『決定的論考』における「法」と「哲学」の調和」(東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻編『国際社会科学』第60輯、2011年、21-38頁)という本格的な論文を執筆公表している。 更に、両世界の思想を単に孤立して研究するのみではなく、その相互交流の在り方についても、「イスラーム哲学:ラテン・キリスト教世界との交錯」(神崎繁・熊野純彦・鈴木泉編『西洋哲学史 II』所収、講談社選書メチエ、2011年、211-280頁)という論考を既に執筆公表している。 また、アラビア語におけるキリスト教神学という、両世界の接点ともなりうる興味深い分野に関しても、“Yahya ibn Adi on Faith and Reason: A Structural Analysis of The Reformation of Morals” (Parole de l’Orient, Volume 37, 2012, pp.453-474)という論文を発表している。 このような仕方で、既に、ラテン・キリスト教世界における思想的営みに関しても、イスラーム世界における哲学に関しても、両世界の思想の関わり合いに関しても、充分な成果をあげてきており、本研究は、おおむね順調に進展していると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、当初の予定通り「哲学史的研究と法哲学的探求に基づいた文明論的対話の構想」に取り組む。 平成23年度に遂行した哲学史的・文献学的研究と平成24年度に遂行した法哲学的・比較宗教学的研究を踏まえ、文明論的対話という第三の研究目的を軸に、研究を取りまとめる。ある意味においては共通の地平の中で文明を形成していたとも言える「中世哲学」の時代に着目することによって、キリスト教文明とイスラーム文明の連続性と非連続性の詳細を明らかにし、対話の可能性を新たな仕方で見出す。 具体的には、まず、キリスト教文明とイスラーム文明の双方が内部に抱えこんでいる多元性を明らかにする。法哲学に関して言えば、ラテン・キリスト教世界においては理性に基づいた自然法的な発想が存在していたがイスラーム世界においては神の超越的な意志が強調され、理性に基づいた自然法的な発想は希薄であったという通説とは異なり、実際には、キリスト教世界の側にも、オッカムのように神の絶対的な超越性を強調する立場もあったし、イスラム教の側にも、アヴェロエスのように理性や哲学の重要な役割を強調する立場も存在したのである。このような仕方で、表面的には相異なっていると見える両文明のあいだに、我々が思い込んでいるよりも遥かに緊密で相互浸透的な関係が存在していることを明らかにする。このような相互浸透の構造を明らかにすることによって、原理主義的なテロリズムというような極端な問題から、現代フランスにおけるライシテ(脱宗教性)とムスリムのスカーフ問題といった日常生活に関わる論点に至るまで、様々な現代的問題を考察するさいの新たな観点を獲得する。 このような研究目的を達成するために、狭義の哲学・倫理学・イスラーム学のみではなく、宗教学・社会学・文化人類学・国際関係論・比較文明論・ユダヤ学など隣接諸分野との交流を深め、学際的な研究を進める予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究課題が優れた価値を有しているのは、哲学史研究のなかでも最も地味で現実的な有用性と無縁なものとしばしば見なされがちな中世スコラ哲学やイスラーム哲学に関する地道な文献学的研究が、現代喫緊の問題である文明論的対話への比較宗教学的洞察に基づいた取り組みという実践的な課題と直結する観点を見出しえているところにある。 「今後の研究の推進方策」においても書いたように、このような学際的な視野を有する本研究を遂行するためには、狭義の哲学・倫理学・イスラーム学のみではなく、宗教学・社会学・文化人類学・国際関係論・比較文明論・ユダヤ学など隣接諸分野の知見を大幅に援用することが必要である。そのためには、キリスト教思想・イスラーム思想・法哲学・宗教学・社会学・文化人類学・国際関係論・比較文明論・ユダヤ学に関連する大量の書籍を収集する必要がある。 それゆえ、平成25年度の研究費の多くの部分を、これらの書籍を収集するために使用する予定である。
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Research Products
(7 results)