2012 Fiscal Year Research-status Report
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23720059
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Research Institution | Kyoto University of Art and Design |
Principal Investigator |
杉崎 貴英 京都造形芸術大学, 芸術学部, 非常勤講師 (30460744)
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Keywords | 新薬師寺 / 東大寺 / 興福寺 / 模像 / 解脱房貞慶 / 春日信仰 / 香山 |
Research Abstract |
本研究は、奈良で古代に成立した仏像とその安置寺院が、中世において改めてどのように受容され、新たな意味づけを与えられたか、その消息を跡づけようとするものである。 ・昨年度に続き、本研究に関連する文献史料や説話的言説のほか、礼拝画や説話画に描かれた彫像とその関連事象に関し、史資料収集・実物調査・実地踏査等を年間を通じ進めた。 ・昨年度の成果にもとづき、興福寺食堂千手観音像の再興と、解脱房貞慶所縁の観音信仰の影響について論述をおこなった。南都焼き討ち後の興福寺復興における貞慶の関与は近年諸氏により論じられているところだが、貞慶の影響が没後にも及んでいたこと、観音信仰に関していえば、貞慶十三回忌に際してそれが再活性化したこと、それが当該像の像内納入品および像内墨書銘に反映していることなどを指摘した。 ・中世の新薬師寺の寺史・信仰・造形についての史資料の把握をほぼ完了した。そこで、創建時の金堂が倒壊し、現存する本堂(国宝)と木造薬師如来坐像(国宝)に寺院活動の中核が移行して以後の寺史を対象とする通観をおこなった。創建以来の東大寺末寺/別院としての性格は持続しつつも、南都焼き討ちを契機に興福寺との関係が深まり、鎌倉時代前期における伽藍整備も、興福寺の関与と資材の供給のもとに実施されたと考えられる。そうした状況下、近代まで興福寺に伝来した銅造薬師如来坐像(新薬師寺本尊の模刻像)の造立はなされたものと推測される。また解脱房貞慶の関与による新規造営は寺史上の大きな画期をなし、地蔵堂の造営も貞慶所縁の春日若宮における千体地蔵信仰との脈絡のもとになされたと考えられる。貞慶は寺史および本尊に関する言述を残していないものの、草創の地たる香山は認識していた可能性が認められる。ただ本尊に関しては、春日信仰との関係づけがなされることはなかったと判断される。以上のような諸点につき論述をまとめ、年度末に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
中世の新薬師寺に関する総合的考察は、交付申請書における平成24年度の研究実施計画において「最も優先的にとりくむ研究」に位置づけていたものであり、それが年度内に成稿・刊行に至った点では順調であったといいうる。 また、これも前年度の研究実施計画に挙げていた長谷寺本尊十一面観音像に関しても、関連史資料の把握や、新たな模刻像の確認などの点で進展をみた。 現存の個別作品については、三重・パラミタミュージアムの十一面観音立像(長谷寺本尊の模刻像)や奈良・長谷寺および鎌倉・長谷寺の長谷寺縁起絵巻について実見や熟覧をおこない、また新薬師寺木造十一面観音立像(長谷寺形)や茨城・月山寺の絹本着色不空羂索観音像(南円堂形)など新たな模像も確認できた。 前年度の「今後の推進方策」に記した通り、平成24年4~7月に奈良国立博物館・神奈川県立金沢文庫で開催された特別展「解脱上人貞慶-鎌倉仏教の本流-」が開催され、本研究にも関連する多くの作品や資料が一堂に会した。また10~11月には龍谷ミュージアムで「絵解きって、なあに?」展が開催され、中世長谷寺信仰に関する造形作品も少なからず出陳された。いずれも展示の熟覧および展覧会関係者からの示教により、多くの新たな理解を得ることができた。 いっぽう、研究実施計画に挙げていた関連作品の調査は、当初の計画を消化するには至らなかった。ただしこれに関しては、所蔵者の意向によって調査がかなわなかったり、さらには調査を予定していた矢先に所蔵者が変動するという予期せぬ事情が生じた作品もあり、実見・精査が実施できなかったというやむをえない事情もあった。これにも関連して、精細な画像資料および部分図の収集も、次年度に委ねるべき部分が大きくなった。また、前年度より研究を進めた興福寺南円堂不空羂索観音像に関しては、細見美術館本春日南円堂曼荼羅の考察に若干の進展をみるにとどまった。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、興福寺南円堂不空羂索観音像および長谷寺本尊十一面観音像に関して、模像と説話的言説に比重をかけた考察をおこない、論述あるいは口頭発表をめざす。並行して、平成23年度以来続行してきた文字資料・画像資料のデータ入力を進める。絵巻作品(長谷寺縁起絵巻など)についてはカラー図版資料の不足が認識されたため、実査の最優先課題とする。 また前年度までに、鎌倉時代の興福寺関係寺院における尊像をめぐる言説形成の重要性が認識されたことに鑑み、法隆寺金堂諸像・東院救世観音像の中世における様相の把握ををおこなう。交付申請書段階での平成25年度研究実施計画では「補完的調査研究」として位置づけていたものであるが、昨今の論及および従来の先行研究が少なくなく、本研究の見地からそうした蓄積をとらえなおすことで、方法論上の示唆が得られると期待されるためである。また古代の仏教美術が中世に再認識・再定義された好例として仏画では当麻曼荼羅があるが、当麻寺もまた中世には興福寺の関与による伽藍整備がなされた寺院である。幸いにも平成25年度4~6月には奈良国立博物館で特別展「當麻寺」が開催される。本研究の構想段階において示唆を得た先行研究に関わり深いものであり、熟覧と関係者からの示教を通じて方法論上の理解の進展をはかりたい。このように中世における興福寺関係寺院の事例の優先順位を上げるという点は、本研究の計画・申請当初の段階からいささかの軌道修正となるのだが、当初段階で副次的対象としていた東大寺大仏も射程に含めておきたい。 研究成果の発表に関連しては、学会での口頭発表および論文刊行ごとの抜刷(別刷)の製作・発送による発信にくわえて、資料集の制作も随時すすめていきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
まず物品費に関しては、前年度中、成果発表や調査先での情報処理および訪問先でのプレゼンテーションに関して、タブレット端末等、研究開始時点以降に登場した機器類の利便性と必要性が改めて認識された。一方、メインの情報処理機器として使用してきたパソコンのOS(WindowsXP)がまもなくサポート終了となるという現実的な問題もある。そこで情報処理機器類および画像加工ソフト・プレゼンテーションソフトなどの新規購入やバージョンアップが最重要となる。撮影機材、図書類の充実も含めて、熟慮のうえおこなう。 旅費に関しては、前年度中、遠方での作品の実査や文献の調査に加えて、本研究の資料論・方法論に関する研修および成果発信(学会等)の実施に関する支出の必要性が認識された。前年度に新たに存在を知るに至った関係史資料や作品の調査に関しても支出する。 なお作品/史資料の調査に関しては単独行の限界が改めて認識されたことでもあり、人件費・謝金を支出してのアドバイザー依頼あるいはアシスタント随行等も検討する。 研究資料の複写等による資料収集に関しては、昨年度の使用計画に記したのと同様に、作品の実査を補う手段として、既存の写真原板およびデジタルアーカイブからの精細な図版/画像資料の入手を推進する。既公刊資料に所載の図版資料によってうかがいうる限界を見極めた上で、所蔵者からの許諾を得つつおこなう。また、研究開始当初の時点よりも必要性が高く認識されたため、複写費により多くの額を使用することとする。 研究成果の発表に関しては、学会費に加えて抜刷制作費および発送費も計画的に支出する。なお、前年度の成果として前年度内に発表した学術論文に関しては、抜刷の製作と納品が年度明け4月となったため、その製作費および発送費等は平成25年度分より支出することを付記しておく。
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