2011 Fiscal Year Research-status Report
妊娠映画――身体、視覚文化、リプロダクティヴ・ライツ
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23720078
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Research Institution | Shizuoka University of Art and Culture |
Principal Investigator |
木下 千花 静岡文化芸術大学, 人文・社会学部, 講師 (60589612)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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Keywords | リプロダクティヴ・ライツ / ジェンダー / 日本映画 / 身体論 / 視覚文化 / 映画理論 / 妊娠 |
Research Abstract |
本年度は、占領期から1956年までの日本映画における妊娠の表象とセクシュアリティについての研究を行った。前年度(2011年)3月に国際日本文化研究センターで開催された研究会「1950年代日本映画における『戦後』の構築研究 」での口頭発表「身体の戦後 ―『ポスト1952年』妊娠映画の系譜」を発展させるため、国立近代美術館フィルムセンターでの特別映写、国会図書館や早稲田大学演劇博物館での文献調査など研究を重ね、研究論文「妻の選択-戦後民主主義的中絶映画の系譜」としてまとめた。同論文(2011年12月入稿、編者の査読を経て改定版が12年3月に校了)は、上記研究会を基盤とした共著『戦後日本映画論』(ミツヨ・ワダ=マルシアーノ編、青弓社)の一章として出版される。さらに、この研究の過程で、菊田一夫の戯曲『堕胎医』(1947年初演)の重要性を再認識したため、GHQのCIE(民間情報教育局)の映画検閲下の同戯曲の映画化である黒澤明『静かなる決闘』(1949年)に妊娠映画として焦点をしぼり、2012年3月、Society for Cinema and Media Studiesの年次大会(ボストン)で、"Abortion and Democracy: Gender, Sexuality, and Reproductive Rights in Japanese Films under the Allied Occupation"として口頭発表を行った。同年次大会では、日本映画の専門家ばかりではなく、産の表象をテーマとしたパネル"Cinematernity Extended"などに出席し、発表者シーラ・シーガル氏らとコンタクトを確立した。3月末、ウェスタン・オンタリオ大学映画学科で『西鶴一代女』と中絶の表象についての研究発表を行い、英語での出版に向けて有効な助言を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、「現在まで行ってきた有名作家による妊娠映画の研究をまとめる傍ら、1930年代から1948年までの堕胎法時代及びアメリカ占領下の優生保護法成立・改正期(1948-52)、52年の優生保護法改正により「経済的理由」による中絶が事実上合法化され「52年体制」が確立された時期(1952-1965)までの妊娠映画のリスト作りにあたり、作家研究と関連の深い作品については分析を開始する」ことを短期的な目標としていた。研究論文「妻の選択」の完成、『堕胎医』についての研究発表により、目標は概ね達成されたと思う。さらに、研究の大きな目的に照らしても、占領期から1956年-太陽族映画であり妊娠映画である『太陽の季節』が大きな波紋を投げかけた年-までの研究を進める中で、『女の一生』(亀井文夫、1949年)のような忘れられた作品に妊娠映画として光を当て、また、戦後の中絶の表象に大きな影響力を及ぼした映画人として女性脚本家・水木洋子を見出すなど、オルタナティヴな日本映画史の執筆に向けて大きな進展があったと考える。また、優生保護法制定前後に中絶の是非が後半に議論され、映画の中でも取り上げられるようになったことが明らかになり、同法改正によって中絶が事実上合法化された1952年を妊娠の表象における分岐点とする既存の言説を見直すことができた。リプロダクティヴ・ライツの観点からは、中絶を女性の「権利」とみなす視点が日本にも存在したことは、1960年代以降の研究にとっても重要である。進捗がやや遅れているのは妊娠映画リストの作成と発表であり、占領期については完成しているものの、ウェブなどで発表するには至っていない。また、1956年までの一次資料の収集・分析に集中する結果になったため、『東京暮色』(1957年)についての英語論文の執筆に着手できず、来年以降の課題として残った。
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Strategy for Future Research Activity |
24年度には、まず、映画学叢書『映画、メディア、テクノロジー』(塚田幸光編、ミネルヴァ書房)に寄稿するため、北米で1960年代末から興隆した「妊娠ホラー」についての論文を仕上げる。この原稿執筆を通して、産をめぐるテクノロジーの変化と視覚文化の関わりについての英語を中心とした先行研究を整理するとともに、ピルの普及、中絶合法化とと前後する時期の北米の状況を明らかにする。次に、戦前から1960年代に亘る時期の日本について同様のテーマで研究を行う。まず、戦前における優生学と産児制限運動の密接な関わり、写真・映画という映像メディアが優生学的な眼差しの形成において果たした決定的な役割を調査する。こうした広範な文化的背景を考慮に入れた上で、1936年に発覚した映画女優志賀暁子の堕胎事件とそれをめぐる論争を取り上げ、堕胎罪時代に決して映画の画面上には現れなかった堕胎を虚の中心として、婚外妊娠・出産を中心とするメロドラマ(成瀬巳喜男『禍福』37など)を分析する。25年度以降、60年代以降の日本へと焦点を移す。一般向けの医学書や科学書、総合雑誌や週刊誌を調査し、「お産映画」、性教育映画を発掘し、とりわけ胎児の表象に注目して分析する。足立正生『堕胎』(66)といった独立プロ作品から東映や大映のピンキー・アクションや時代劇へとコーパスを拡大し、女性の身体と胎児の関係について分析し、同時代の北米の状況と比較する。25年度後半から26年度を通して70年代以降の妊娠の表象を調査し、河瀬直美をはじめとした女性監督やマンガ家へのインタヴューを行う。この時期を特徴づけるのは、妊娠・出産の自己表象を通して主体性=身体性を表明しようとする女性の映像作家の登場であり、撮影所システムの崩壊に伴う妊娠表象のメディアの拡散と多様化だからだ。26年度末までには論文の形で発表してきた原稿を改訂しつつまとめ、単著を脱稿する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
北米の「妊娠ホラー」についての研究のため、DVDと英語文献を集中的に購入する。8月後半、NARA(アメリカ国立公文書記録管理局)に一週間ほど滞在し、『西鶴一代女』論「堕胎の追憶」(『日本映画は生きている(5)監督と俳優の美学』2010年)の英語版のため、CIEの検閲官ハリー・スロットについて調査するとともに、メリーランド大学のオリヴァー・ガイケン氏と意見交換し、科学映画や教育映画についての知見を深める。9月中に英語版を脱稿し、査読誌Camera Obscuraに投稿するため、丸善の英文校正サービス(light)を利用する。秋以降は堕胎法時代の日本の研究のため、フィルムセンター、京都文化博物館、必要であれば松竹のような映画会社にも特別映写を申請して行う。表象文化論学会、日本映像学会、クィア学会の年次大会に参加し、身体論、映像人類学、日本映画史、ジェンダーとセクシュアリティについて他の学会員と意見交換を行う。イメージ&ジェンダー研究会にも入会し、とりわけ堕胎法時代について知見を広げたい。志賀暁子事件とメロドラマについては、3月にシカゴで開催されるSociety for Cinema and Media Studiesの年次大会で発表したい。また、2012年秋に70年代アメリカ映画研究のジョー・ウロダーツ氏(ウェスタン・オンタリオ大学)を数日間日本に招聘し、『西鶴一代女』論英語版への助言を得るとともに、26年度の研究に備え、60-70年代のアメリカ映画におけるジェンダーとセクシュアリティの表象、身体性について意見交換する。
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Research Products
(5 results)