2011 Fiscal Year Research-status Report
近代英国小説史における作者の身体表象の研究:十八世紀小説を中心に
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23720135
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
武田 将明 東京大学, 総合文化研究科, 准教授 (10434177)
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Project Period (FY) |
2011-04-28 – 2015-03-31
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Keywords | イギリス文学 / ダニエル・デフォー / ジョナサン・スウィフト / ローレンス・スターン / 近代文学史 / 小説論 / 作者と語り手 / 小説における身体表象 |
Research Abstract |
今年度はDaniel Defoeの作品を中心に、作者の身体表象を研究した。その成果は、9月に刊行された『ロビンソン・クルーソー』の訳者解説(36ページにわたる)と『群像』11月号に掲載された長篇評論「断端のノスタルジア――平野啓一郎と現代文学の条件」によく表れている。 前者ではRobinson Crusoe(1719)という本研究にとってもっとも重要なテクストのひとつに関して、作者Defoeと主人公Crusoeとの類似を指摘した上で、人肉食に象徴される無法な状況での個の倫理が探求されていることを示し、Crusoeという個人の身体を生身のものとして読者に実感させるためにDefoeがみずからの身体を読者から隠そうとしたことを述べた。 後者では、前者でも論及したRobinson Crusoeの先行作品、Aphra BehnのOroonoko(1688)等、西欧の様々なテクストを取り上げながら、西欧の近代文学における「自然」が伝統の解体する無秩序を意味していたのに対し、日本の近代文学、さらには20世紀以降の西洋文学において、そのような「自然」が消滅したことを述べた。このとき「自然」と対峙するものとしてあった個の「内面」が解体したことも指摘し、現代小説がいかにこの事態を受け止めてきたかを考えるために、主に平野啓一郎の小説について考察した。その結果、現代文学において自然な肉体の欠損そのものが啓示的な意味を持ちうることを見いだし、小説における身体表象の問題の重要性を再確認した。 他には、見市雅俊編著『近代イギリスを読む――文学の語りと歴史の語り』に関する研究発表を12月に行い、当時多数出版されたRobinson Crusoeのダイジェスト版のうち代表的な作品とオリジナルとを比較考察し、後者の生々しさが「作者」性の消去によってもたらされていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実施計画」で掲げた目標のうち、Robinson CrusoeとOroonokoを比較考察し、作者の身体性の問題を考察する点については、大きな進展があったと考える。東北大学で9月に行った集中講義では、17世紀から21世紀までのイギリス小説について、作者の身体表象の問題を出発点にして、「自然」や「内面」がいかに変遷を遂げたか、それに対応してフィクションの時空間がいかに変化したかを私なりにまとめることで、近代小説の成立・発展に関する自説を構築し、小説の未来を考えるという本研究の大目標に沿った研究はかなりできたと自負している。また、一般には翻訳は研究業績に入らないものの、拙訳『ロビンソン・クルーソー』は、本研究で得られた知見を反映させながら、まさにこの作品の語り手の生々しい肉体を現代の読者に感じさせるよう工夫して訳したものである。 他方で反省点もある。まず、年度内に完成させる予定だったSwift, Gulliver’s Travels(1719)への注釈作業が終わらなかったこと。この作業を通じて、Robinson CrusoeとGulliver’s Travelsとを始点とする私なりの小説史の構想がより膨らむはずである。次に、論文の執筆と翻訳作業に追われたことと、若干過労気味だったせいで休暇中に体調を崩したことが重なり、ついに渡英して資料収集することが叶わなかったこと。代わりに一時資料をオンラインのデータベースで収集したものの、この点でまだ不備がある可能性は否めない。また、研究内容について言えば、小説内での語り手の身体表象の問題については様々な角度から述べられたと思うが、語り手とは独立しているはずの作者の身体表象(あるいはその不在)については、まだ考察が十分とはいえない。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、Gulliver’s Travelsに関する研究をまとめる。本研究と深く関わる部分に関して述べておくと、この作品とRobinson Crusoeを同じ問題意識を共有したテクストとして読み直すことで、従来の小説史研究とは一線を画した、私なりの小説史の構想をさらに進める予定である。また、10月にアイルランド文学研究の国際的な組織であるIASIL Japanの年次大会でGulliver’s Travelsに関する研究発表を行うことがすでに決まっているので、この場で本研究と関係する成果を示そうと考えている。 また、作者の身体表象の問題を考察する中で、作者の肉体を執拗に隠すDefoeとそれを挑発的・作為的に垣間見せるSwiftの両者を統合するような、語り手の身体と作者の身体との関係のあり方が、Sterneによって本格的に探求され、その成果が19世紀以降の小説に受け継がれたのではないか、という見通しが得られている。そこで、「研究実施計画」とは順番が前後するが、まずSterneについて研究を進め、そこから若干歴史をさかのぼってRichardsonとFieldingの文学を論じることにしたい。 さらに、2012年度こそ数週間イギリスに滞在し、前年度の調査で不足している分も含めた一時資料の調査、および最新の研究動向の確認を行う。この調査結果を踏まえて、今まで挙げた研究に加えてDefoeのThe Shortest Way with the Dissenters(1702)とA Journal of the Plague Year(1722)に関する研究論文を書く予定である。また、9月には高知大学で集中講義を行うが、前年度の東北大学での集中講義をさらに発展させ、私なりの小説史の構築にも努めたいと考えている。そのために、英米の代表的な小説論を批判的に再検討したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
9月上旬にイギリスに資料調査におもむく。この際の滞在費で、2012年度の研究費(60万円)の半分程度が使用されると予想される。イギリスでは、ケンブリッジ大学図書館と大英図書館で、DefoeのThe Shortest Way with the DissentersとA Journal of the Plague Year、SwiftのGulliver’s Travels、さらには18世紀の身体に関する精神史を伝えてくれる資料を収集する。 残りの多くは書籍代として使用する。Defoe, Swift, Sterne, Richardson, Fieldingの著作集を中心に買いそろえたい。また、これらの作家に関する最新の研究書も購入予定である。 また、研究の作業効率を上げるため、老朽化が進んで動作の遅くなっているパソコンと、しばしば紙づまりをおこすプリンタの買い替えに踏み切りたい。 以上で2012年度の研究費はすべて使い切ることになるだろうが、海外への資料収集ができなかった今年度、比較的多数の書物を購入しているので、それらの資料も参照すれば必ず計画通りの研究成果を上げることができると考えている。
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Research Products
(5 results)