2012 Fiscal Year Research-status Report
美術館におけるナショナル・アイデンティティの創出―アンシァン・レジームから革命へ
Project/Area Number |
23720370
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Research Institution | Seigakuin University |
Principal Investigator |
田中 佳 聖学院大学, 政治経済学部, 講師 (70586312)
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Keywords | フランス革命 / 美術館 / ナショナル・アイデンティティ / アンシァン・レジーム / ルーヴル |
Research Abstract |
昨年度の研究調査において、当初の想定以上の史資料を入手することができたため、本年度は、フランスの美術館における作品の実見および資料調査は実施せず、すでに入手した史資料と文献の分析に注力した。とくに集中的に精査したのは、1789年夏以降、アンシァン・レジーム下で美術行政を統括していた王室建造物局総監ダンジヴィレが職務を果たすことが不可能になった時点から、1793年8月10日にルーヴルに美術館が開館するまでの期間についてである。この間に美術館計画がどのような展開を見せ、フランス革命政府が美術館をどのように位置づけようとしたのかについて、国民議会と憲法制定国民議会、立法議会、国民公会、記念物委員会、美術館委員会等の議事録、美術行政周辺の人物たちによる意見や提案(専門家、愛好家、政治家など)および、美術館の展示計画と1793年8月10日に実際に展示された作品(来歴等の調査を含む)を分析した。 当該時期の美術館を巡る議論はかなり錯綜しており、必ずしもひとつの方向性に還元できるものではないが、最終的な政府の方針として、旧体制が45年前から検討を始めていながら実現できなかったプロジェクトを完成させることで、新体制の優越を示すことが打ち出されたことが明らかとなった。ただし実際の展示作品の内容を検討してみると、たしかにアンシァン・レジームの否定を明確化している部分もあるが、作品の来歴等の調査からは、過去の成果を利用していると考えられる部分もあり、旧体制の否定とは断言できない。従来の革命史研究では、旧体制と革命政府の断絶と継承について、さまざまな面から議論されてきたが、本研究により、フランス革命のある段階においては、両者の和解という側面も存在したのではないか、という新知見の可能性が見えてきた。これは、文書史料と作品資料の双方の分析により初めて得ることができた成果であるといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題は、フランス革命前後の美術館を研究対象として、フランスの「ナショナル」な意識の形成と変質について探るものである。革命時の美術館の開館そのものに関わる史資料については、文書・作品ともに、交付申請書に挙げたものの精査が進められており、おおむね順調といえる。その研究成果の一部は、短い論文(「1793年8月10日、ルーヴル美術館の開館」『河村錠一郎先生ご喜寿記念論文集(仮題)』、東信堂、2013年6月刊行予定)にまとめて発表した。 ただし、いくつかやり残している課題も存在する。まず前年度に実施した、アンシァン・レジームの美術館構想に関わった主要人物たちの知的関心の影響については、貴重な資料をいくつか入手できているものの、その分析結果を取りまとめて、論文等に公表できる段階に至っていない。これは当初の想定以上の質量の史料が入手できたためであり、これらは単に間接的な史料として用いるだけでなく、むしろ今後、時間をかけて精査し、独立したかたちで発表する方向で考えている。 次に現在の研究成果は、主として美術館のみに定位したものであり、当初の大きな課題である「ナショナル」な意識について検討するに至っていない。美術館に直接かかわるものに限っても、文書と作品の双方の史資料を精査することはたいへんな労力がかかる作業であるが、これを時代の大きな文脈に位置付けてこそ、多くの研究者に本研究の成果を問うことができるだろう。 以上の理由により、本研究の目的の達成については「やや遅れている」という評価をせざるを得ない。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は本研究課題の最終年度にあたるため、これまでの研究成果を踏まえつつ、フランスの「ナショナル」な意識の形成と変質の探求という大きな文脈に、美術館に関わる問題を位置付けていく。前年度までは、美術館の開館を推進した行政(および専門家)側の立場の史資料を検討したが、今年度はさらに受容者側から見た美術館について調査することで、行政側の意図がどれほど有効であったのか、そしてそれがフランスの国民統合という点でどのように機能したのか、という問題を中心的に扱う。 そのためには、美術館の訪問者・鑑賞者側の証言を収集することが必要となるため、今年度はフランスにおいて新たな資料調査を行う。その際、現地の専門家と意見交換を図ることも念頭に置いている。 また、近年、ヨーロッパ近世・近代における国民国家形成やナショナル・アイデンティティについて、新たな研究もいくつか発表されており、そうした隣接研究の成果も取り入れながら、美術館をめぐる本研究の成果を、より一般的な文脈と関係づけていくよう努めたい。 以上の二点を柱として、研究成果を近く公表できる段階にまで取りまとめることが今年度の目標である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
上記の通り、今年度はフランスにおいて新たな資料調査を行うため、海外出張旅費が主要な支出費目となる。今年度の調査で集中的に収集するのは、美術館の訪問者・鑑賞者を中心とする同時代人の証言であるが、これについては一部のコーパスは念頭にあるものの、それだけでは不十分であり、現地の図書館や史料館、美術館等において、追加の史資料の発掘が望まれる。そのための十分な時間を確保するため、長期の滞在(夏季1か月程度、場合によっては追加の出張の可能性もあり)を予定している。また、国内の学会に参加して情報収集し、研究者との交流を図るための国内出張旅費も計上している。 さらに、今年度は勤務先の異動があり、これまで身近にあった文献や参考資料、アプリケーションソフト等の不足が生じている。そのため、研究上欠かすことのできないこうした物品や書籍の購入費に、当初の想定以上の金額を充てることになる。論文等の複写取り寄せも、これまで以上に必要になってくるだろう。ただし、前年度に海外出張を組み込まなかったことで発生した繰り越し分を充当することで、必要なものは揃えることができると考える。 加えて、新資料の発掘と新知見の可能性を含む本研究の成果を、欧文で国際的に公表することを念頭に置いた経費(ネイティヴ・チェック等)を計上した。
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Research Products
(5 results)