Research Abstract |
長野県上高地の特別保護地域は,人為的かく乱が制限された山岳環境にある貴重な生態系で,その特有の自然環境下で変形菌の分布調査を行った。変形菌は,植物や菌類・細菌類とは異なる生態機能をもつため,生態系の構成員として生物多様性を包括的に理解するためには欠かせない生物である。上高地の山岳氷河地形の標高1500m付近(梓川流域河畔林)とその上部の標高1600m付近(亜高山帯針葉樹林)の森林で,不朽木に発生する変形菌を定量的に調査し,その変形菌群集の種組成を比較した。 調査は,2011年7月17-18日,8月20日,10月8-10日の3回実施した。その結果,7月には212標本から28種,8月には32標本から17種,10月には河畔林で118標本から22種,針葉樹林で114標本から17種を確認した。全体では,506標本から57種(変種を含む)を確認した。夏秋の2つの季節に出現したのは2種(Lycogala epidemdrum, Hemitrichia calyculata)のみで,多くの種はそれぞれの季節に偏って出現した。7月には,Stemonitis axiferaが相対頻度(pi)20%,Lycogala epidendrumが相対頻度18%で優占した。さらにTubifera ferruginosa, Cribraria cancellata, Physarum viride, Ceratiomyxa fruticulosaが多く出現した。8月には,Trichia decipiens, Elaeomyxo cerifera, Stemonitopsis hyperopta, Diderma aurantiacumなどの種群が出現した。10月には,河畔林でMetatrichia vesparium, Trichia decipiens, Physarum flavidumが優占(Pi>20%)したが,針葉樹林ではTrichia decipiens (Pi=21%)やTrichia erecta, Colloderma oculatum, Lamproderma columbinum, Diderma deplanatum, Lepidoderma tigrinumなどの種群が確認された。 変形菌群集の類似性を調査季節と植生により比較した。7月と8月では出現種の共通係数CC=0.40,百分率類似度PS=0.34,7月と10月の河畔林ではCC=0.20,PS=0.06,針葉樹林ではPS=0.09,PS=0.03となった。群集の類似性は,季節や植生の違いで変動した。植生間の比較では,秋の河畔林と針葉樹林でCC=0.51,PS=0.37となり,植生の違いは変形菌群集の優占種や種組成に影響し、植生により特徴的な種が存在した。山岳氷河地形内の異なる森林植生では,その微環境に対応した変形菌群集や生育種が分布することが示唆された。こうした変形菌の渓谷内の微環境に対応した分布現象を明確に実証ためには,今後も継続的な調査の積み重ねが必要である。
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