2023 Fiscal Year Research-status Report
1960-70年代の民間の雅楽演奏団体・演奏家の実態の分析とその演奏の音響的復元
Project/Area Number |
23K00212
|
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
鈴木 聖子 大阪大学, 大学院人文学研究科(人文学専攻、芸術学専攻、日本学専攻), 助教 (80754259)
|
Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2027-03-31
|
Keywords | 小泉文夫 / 正倉院 / シルクロード・ブーム / シルクロード幻想 / 科学映画 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、1960-70年代の民間の雅楽における「正統性」を理解するため、当該年度は、当時の音響映像メディアでの民間の雅楽イメージを分析した。具体的には、1960-70年代の民間の音響映像メディアに見いだされる、日本音楽研究者・民族音楽研究者によって作られた雅楽の「起源探し」を検討し、研究者と民間のあいだに生じていた雅楽像の一側面を明らかにした。最初に戦前からの現在に至るまでの音響映像メディアにおける雅楽像を概観したのち、次に事例研究として、民族音楽研究者の小泉文夫(1927-1983)が監修として関わった三つの音響映像作品、科学映画として制作された『雅楽』(1972年、エンサイクロペディアア・シネマトグラフィカ)、民音シルクロード音楽舞踊調査団のレポートである『シルクロード 日本音楽の源流」(1977年、民音)と『正倉院楽器のルーツを訪ねて』(1980年、民音)の分析を行なった。 この三つの音響映像作品からは、小泉は彼の師であり民族音楽研究の開拓者である田辺尚雄(1883-1984)よりも、雅楽を科学によって厳密に捉えようとすることと、雅楽を物語によって強化しようとすることを、並行して行なったということが観察できた。その文脈として、近代日本の公的な音楽教育が「西洋音楽」をスタンダードとしていることに異議を唱えることでは共通する両者であったが、田辺の時代にはまだそれでも伝統的な「日本音楽」が日常空間に響いていたのに対して、小泉の時代にはそうした「日本音楽」が日常空間からはほぼ消滅したことで、小泉は「日本音楽」のアイデンティティをより確かなものとする必要があったことが考えられる。「日本音楽」のアイデンティティの喪失と創出の1970年代、雅楽の源流を「正倉院」や「シルクロード」へ訪ねる物語は、人文科学を支えるパラダイムとしての位置を獲得していたことが明らかになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、テレビとラジオに現れた雅楽像として、雅楽の楽家出身の作曲家の芝祐久が武智鉄二監督『白日夢』(1964年)で用いた雅楽的音響、作曲家の武満徹が篠田正浩監督『卑弥呼』(1974年)で用いた雅楽像を分析したのち、これらの仕事に携わった人々への聞き取り調査を準備する予定であった。しかしこれらを分析した段階で、物語映画における雅楽の表象には、これらの監督個人の意図が多く反映されており、1960-70年代の時代精神を反映すると言うに足るだけの雅楽像を汲み取ることは不可能であることが理解できた。 このようなことから、雅楽を始めとする「民族音楽」の存在を書物・ラジオ・テレビ・レコードなどで民間に普及していた小泉文夫という時代の寵児といえる研究者による音響映像メディアの雅楽像を分析したことで、「宮内庁楽部」と「民間」という二項だけではなく、「研究者」という第三の項目を挿入して三点確保をし、当初の計画よりも問題を深めることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後はまず、1960-70年代に設立された2つの民間の雅楽団体、日本雅楽会(1962年設立)と雅楽道友会(1967年/1972年設立)を対象に、会史の整理の後、興行的な奏楽演奏や出稽古といった、団体の維持システムの調査を行う。当時の状況を知る人々への聞き取り調査を行い、総体としての団体に目を向けながらも、構成員である個々の奏者に着目する。この2団体を選んだ理由は、創設時のメンバーに重なりがあり、戦前に起源を遡り楽部の人々とも複雑に交錯する興味深い人間関係が見られるからである。 次に、上記の2団体について、個々の奏者たちの音楽的経験と演奏行為を成立させている前提条件を、稽古・音響・音色・「間」の取り方・言説から捉えるため、1960-70年代の録音の分析や当時の状況を知る人々へ聞き取り調査を行った上で、具体的な音響の復元に入る。 以上は当初より計画していたことであるが、1年目の研究成果から、民間の雅楽像を音響メディアや音響映像メディアにおいて理解するためには、研究者や制作会社における邦楽全体の表象への視野が不可欠であることが分かったため、当時の雅楽以外の邦楽についても、雅楽と関連する範囲に限って調査を行なう。
|
Research Products
(3 results)