2023 Fiscal Year Research-status Report
近代日本活字印刷物における括弧記号の成立と機能の拡張に関する歴史的考察
Project/Area Number |
23K00550
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
鈴木 広光 奈良女子大学, 人文科学系, 教授 (70226546)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | 日本語学 / 括弧 / 約物記号 / 印刷史 / 日本語書記史 / 八十日間世界一周 |
Outline of Annual Research Achievements |
2023年度の研究実績は次の通り。(1)会話文の括弧記号使用に欧文の句読法が如何に影響を及ぼしたのかを調査するため、川島忠之助訳『八十日間世界一周』(明治11年)とフランス語原典(1873年初版)を比較対照した。原典では会話文には《》(ギュメ)と―(emダッシュ)が使用されており、単独の発話や複数人による対話の開始部ではギュメが用いられ、対話中の話し手の交替はemダッシュによって表示される。川島の日本語訳ではギュメに対して約物記号を使用することはなく、emダッシュによる話し手の交替に対応する表記措置を逐一行っている。ただし、emダッシュの使用するのではなく、話し手の略名を行間に表示し、字間に「(開き括弧)を使用して、変更を表示する。これは、滑稽本など江戸文芸において見られた手法であり、「」は術語や特殊語の表示が主たる機能であったことが明らかになった。(2)明治期以前の活字印刷物における約物記号の使用はそれを可能にする環境として、字間と行間とが必要であった。そのような約物使用の環境的条件はどこまで遡れるのか調査した結果、既に古活字版『古筆抄拾集』(高野版)において、行間(インテル)の位置に送り仮名や返り点を配していることを確認し得た。本書では行間を使用しているので括弧類の使用は行われいないが、明治初期に字間、行間を利用して、漢文訓読の送り仮名や記号類を活字として使用し、その延長上に和文における引用の括弧記号を使用する雑誌『花月新誌』に連なる試みと歴史的に位置付けることができる事例である。(3)多様なジャンル、文体の記事や小説を収載する雑誌『少年世界』(博文館 明治28~30年) 括弧等の約物記号の使用が職業作家や記者を超えて、学生などにどの程度広がりを見せているかを確認するために、投稿雑誌『日本全国小学生徒筆戦場』(博文館、明治25~27年)を購入し、調査を開始した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
近代日本における約物記号の成立、標準化、機能拡張を探る研究課題のうち、括弧等の記号がどのような環境において成立したものであるのかについては、調査がかなり進み、様々なことが明らかになりつつある。特に翻訳物における約物使用を欧文原典と対照することで明らかにしようとする作業は、きわめて順調に進展している。一方で、研究計画に記していた幕末における洋学資料における約物記号の調査はほとんど行えなかった。この調査の進展は遅れている。括弧記号の使用は標準化と機能拡張については、明治20年代から40年代までは図書、雑誌を含め、かなりの資料を調査しているが、特に会話における使用の標準化については、初出からかなりの時間を経る30年代に至っても未だその段階にあるとはいえず、明治40年代以降大正期にまで範囲を広げる必要性が出てきた。この点で当初の見込みとはやや異なる結果が出てきたが、この調査は24年度以降の計画を前倒しに行っているものであり、早めに計画の修正が可能となった。その点で、順調に進展していると自己評価できる。以上の理由により、総合的に見て「おおむね順調に進展している」と自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度は約物記号の成立期の様相をかなりの程度明らかにできたので、今後は、明治期以降、現代に至るまでの書籍、雑誌、新聞などの出版物における約物の使用状況を調査する。調査対象が多様かつ大量になるので、網羅的調査はできないが、ジャンルや年代を考慮してサンプル調査を行い、使用傾向を把握した上で量的に有意な年代やジャンルについて集中的に調査を行う方針である。この調査では、括弧類の指示機能が標準化されたり拡張されたりしていく過程を、各記号類の相互関係性から経年的に明らかにする。また引用や強調は括弧類の使用だけでなく、書体や活字サイズを本文とは異なるものにしたり読点や傍点を使用したりすることもあるので、そうした措置との関係についても考慮に入れて分析しようと考えている。この分析を踏まえて、日本語の出版物の本文においては書体や文字サイズの変更が一般化せず、括弧類に過重な機能負担がなされることになったのはなぜか、その理由を版面を構成する諸要素との関係から考察する。さらに括弧類の各記号がどの文体、ジャンル、出版物に使用されているのか、分布傾向を明らかにする。量的傾向からの相関関係だけでなく、質的な関係、具体的には文体、ジャンルの構成要素としての記号類が、どのように読者による意味解釈への参与を促しているのかを、典型を示すテクストを選定して詳細に記述する予定である。
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Causes of Carryover |
8月に東京出張をして国文学研究資料館、明治新聞雑誌文庫等で雑誌類における約物記号使用の調査を行う予定であったが、コロナに罹患し、その後遺症で8、9月の出張が不可能になった。その後も公務の都合で出張日を確保できなかった。代替措置として、雑誌(古書)の一括購入も考えたが、内容、価格の両面で資料として適切なものながっために見送ることとした。2024年度にあらためて調査旅費としての使用を考えている。
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