2023 Fiscal Year Research-status Report
昭和天皇を探る―本島等元長崎市長への手紙にみる天皇意識―
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23K01810
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Research Institution | Institute on Social Theory and Dynamics |
Principal Investigator |
井手 靖子 特定非営利活動法人社会理論・動態研究所, 研究部, 研究員 (30836458)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | 本島市長への手紙 / 天皇の戦争責任 / 近代天皇制 / ブール代数アプローチ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究での目的は、天皇の戦争責任発言を行った本島等元長崎市長の元に送られてきた手紙をデータ化し、そこから大衆の天皇意識の分析を行うことである。2023年度においては、この本島氏への手紙のうち、約5000通をデータ化し、そこから分析に使用する手紙を選別している。 1988年12月の本島氏の天皇発言から1994年ごろまで、全国から多数の手紙が本島氏のもとに送られてきた。1991年1月、本島氏の天皇発言による銃撃を受けて以降は、「言論の自由」に関する手紙が多くなり、天皇の戦争責任や天皇に対する自らの意見を述べたものの多くは1988年12月から1991年1月の期間に集中する。2023年度は分析に適用可能な手紙を集中的にデータ化した。分析に用いる手紙は、戦争を通して昭和天皇や天皇制に対する自らの意見を明確に述べたものとしている。その結果、現在データとして使用できる手紙は約800通となっている。 他方において、戦前における天皇制を支える構造分析として、文献整理を行っている。明治憲法下において、天皇は「統治権の総攬者」であり「大元帥」であった。その根拠となるのは「万世一系の天皇」であり、神国日本の要となる血統を維持しているからである。しかし、天皇を中心とした日本国家体制を築き上げたのはそれだけではなく、天皇が家族観や文化、宗教、軍隊などのあらゆるイデオロギーの中枢として位置付けられ、民衆の生に覆いつくしてきたことで、支配を強化できたといえる。この点を中心に天皇制のもつイデオロギーの側面の従来研究を整理しつつ、体系化する作業を行っている。 手紙の分析に関しては、ブール代数アプローチによる質的分析を行っている。このブール代数アプローチは独立変数が多くなると矛盾値となるケースが多くなり、解釈が困難になる。またデータ数としても多量になると分析困難となる。この点を改善すべく、確率論の併用を試行している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本島氏のもとに送られてきた手紙のデータ化については、ほぼ予定通りに進んでいる。しかし、このデータ化した手紙の分析に関しては予定より遅れていると考える。 予定では、データ化された手紙の属性分析および手紙を用いたブール代数分析を同時進行的に行っていくとしていた。現在、データとして使用可能な数は800通あまりある。しかし、ブール代数アプローチは中量程度(100通程度)の分析は可能であっても、300を超える多量データの分析を行うと、どうしても矛盾値が発生しやすく、解読が困難になる。この問題に対処すべく、多変量解析を併用した新たなブール代数アプローチを模索している最中である。その一つとして、ブール代数アプローチでは独立変数および従属変数いずれも「2値」をとるが、独立および従属変数を「多値」による分析が可能となれば、もっと広い社会事象にも適用化の手法となるし、それによりデータ数をあげることが可能であると考えるからである。具体的にはデータを因子分析にかけ、因子の数を限定したうえでの変数の組み合わせによるブール代数分析が可能ではないかと考え、現在試行中である。 また、分析に際してその基礎となる近代天皇制を支える社会的構造の理論的枠組みを整える作業を行っており、これらに関しては学会での報告を行い、予定通りに進行中であると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
2024年度は、引き続き本島氏の手紙をデータ化しつつ、本研究に使用する手紙を選別していく。現在手紙の未入力分は約1万通ほどあり、本年度においては5000通の入力を目処としている。 また、分析手法においても新たなブール代数アプローチによる分析が行えるよう、試行錯誤を行いながら進めていくつもりである。これに関しては、分析結果の妥当性を含め、研究会や学会等で報告しつつ、補正していきたいと考えている。 さらに、2024年度はこれまで収集してきたデータを用いて論文をまとめていく予定である。その際には、昭和天皇の戦争責任における従来研究をまとめ、これまでの研究のなかで研究者たちが天皇の戦争責任の何を問題とし、何に着目してきたのか、から天皇制や天皇の役割の何に重点を置いて議論してきたかを明示化している。そのうえで、本島氏のもとに送られてきた手紙の分析から、民衆のみる天皇の戦争責任や天皇ないし天皇制の役割を明らかにし、知識人たちの議論との相違比較のうえ、そこから天皇(制)議論の問題点を提示していく。さらに、手紙の中に現れる民衆にとっての昭和天皇像とつくられた制度のなかの昭和天皇の齟齬を浮き彫りにし、その齟齬の中に近代天皇制の問題点があることを証明していく。 2025年以降においては、2024年から2025年にかけてデータ入力した手紙の分析を付加し、必要であれば議論の修正を行いつつも、学会報告や論文にて随時発表していく算段である。
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Causes of Carryover |
2023年度はそれ以前、本島氏が存命であった時に本島氏より直接拝借させて頂いていた手紙を主としてデータ化してきた。それ故、2023年においては長崎への来訪を行わずに済んでいる。この拝借した手紙については、現在手紙を管理されている元秘書の方も御承知いただいており、入力終了次第、管理者の方への返却を行うこととなっている。残りの手紙に関しては、管理者の方の要望により、長崎にて入力作業を行うこととなっているので、2024年以降はデータの入力作業は長崎にて行う予定であり、本年度は3回の来訪を予定している。 また、データ入力の際に必要となるPCやプリンター、その他の備品を2023年度にまとめて購入した。 今後においては、手紙入力時における交通費や宿泊費、入力作業員の人件費等の経費や手紙管理における謝金を必要とする予定である。
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Research Products
(4 results)