2013 Fiscal Year Annual Research Report
劣化の進んだ図書・文書資料の長期保存に向けた大量強化法の開発
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24300307
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Research Institution | National Museum of Ethnology |
Principal Investigator |
園田 直子 国立民族学博物館, 文化資源研究センター, 教授 (50236155)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
日高 真吾 国立民族学博物館, 文化資源研究センター, 准教授 (40270772)
岡山 隆之 東京農工大学, (連合)農学研究科(研究院), 教授 (70134799)
大谷 肇 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (50176921)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 酸性紙 / 大量強化法 / 脱酸性化処理 / 図書・文書資料 / 長期保存 |
Research Abstract |
本研究では、日本の酸性紙の保存研究で未解決となっているふたつの課題、(1)実践レベルでの紙資料の大量強化処理と、(2)気相型の脱酸性化処理の欠点克服、これらに新たな展開を提示することを目的にしている。 (1)脆弱化した酸性紙の劣化抑制または強化処理を目的として、エレクトロスピニング法を用いてセルロース誘導体溶液からナノ繊維を形成させ、紙表面に付着させることを試みた。経年劣化図書を試料として、エレクトロスピニング法によってメチルセルロース(MC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、 カルボキシメチルセルロース(CMC)の3種類のセルロース誘導体溶液から紡糸したナノ繊維を紙表面に付着させた後、加速劣化処理を施し、紙の劣化抑制効果を評価した。このうちCMCのナノ繊維を付着させると、加速劣化処理による紙の劣化が抑制されることが、引張強さ、引裂強さ、アコースティック・エミッションによる紙の劣化度の変化から認められた。紙のゼロスパン引張強さも同じ傾向を示したことから、本処理の劣化抑制効果は、紙中のパルプ繊維強度の変化を反映していると考えられる。 (2)現在実用化されている、アンモニアガスと酸化エチレンガスを紙中で反応させるドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法は、アンモニアガスによる紙の黄変、酸化エチレンガスの危険性が問題となる。その改良法として、本研究において、酸性物質の中和剤であるジエタノールアミン(DEA)を揮発させて酸性紙に直接付着させる方法を検討したところ、良好なpH上昇効果が得られた。今回検討した条件の中では、処理条件80℃-24h-10mbarが最も高いpH上昇効果を付与されることが明らかになった。この新しい手法を、酸性紙の図書・文書資料の脱酸性化処理の実用化へと展開するにあたっての今後の課題は、実験条件とくに加温条件の緩和の検討である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)紙資料の大量強化処理 平成24年度は、劣化が進んだ紙資料の強化処理としてのフリース法(紙表面を繊維で覆うことで物理的に強化する手法)を、強化繊維層の厚さ、強化繊維のパルプ化条件、強化繊維の種類から検証した。結果、フリース法は2g/m2程度までが良好であるとわかった。平成25年度は、強化繊維として3種のセルロース誘導体(メチルセルロースMC、カルボキシメチルセルロースCMC、ヒドロキシプロピルセルロースHPC)溶液をナノ繊維に紡糸するという新しい試みを行い、紡糸したフリースの物性を検証した。セルロース誘導体のうちMCは通常の手法では、粒状に飛散し繊維状にならないことが明らかとなり、手法の改良が必要となる。セルロース誘導体によるナノ繊維を紙表面に付着させることで、紙資料の劣化抑制効果が期待できるデータが得られているが、強化は認められなかった。 (2)新規脱酸性化処理の検討 現在実用化されている、アンモニアガスと酸化エチレンガスを紙中で反応させ、エタノールアミン類を生成することで酸性物質を中和するドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法の改良法として、エタノールアミン類の一種であるジエタノールアミン(DEA)を揮発させて酸性紙に直接付着させる方法を検討した。また、処理後の試料を用いて加速劣化処理を行い、DEA処理の劣化抑制効果について検討を行った。平成25年度までに、DEAを用いた酸性紙の脱酸性化処理が、すでに実用化が進んでいるDAE法に比べて、①白色度の低下が小さい、②機械パルプを多く含む酸性更紙のpH上昇効果を示す、③処理過程で酸化エチレンガスの使用がない、などの利点が確認され、酸性紙の脱酸性化処理として実用化の可能性が見出された。
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Strategy for Future Research Activity |
19世紀半ば以降の紙の大半が酸性紙であり、劣化の進行が著しい。紙の酸性度は、ロジン・サイズ剤(インクのにじみ止め)の定着のために加えられた硫酸アルミニウムに由来する。この問題の解決法として有効な方法が脱酸性化処理であり、紙内部の酸をアルカリで中和し、適度のアルカリバッファーを紙に残すことによって、時間の経過に伴って生じる紙の劣化を抑制する。 本研究では、日本で実用化されている脱酸性化処理の改良法として、ジエタノールアミン(DEA)を用いた脱酸性化処理の実用化に向け、①できるだけ常温に近い温度DEA処理条件の達成、②DEA処理による脱酸性化の図書資料(毎葉資料ではない形態)への適用条件の探索、③図書及び文書資料に付着している印刷インクや装幀材料などに及ぼすDEA処理の影響、などを検討する。その後、パイロットプラントを用いた中間規模試験を実施する。 脱酸性化処理により酸性劣化の促進を抑えることはできるが、劣化紙の強度を回復することはできない。そこで必要となるのが紙の強化処理であり、紙の劣化度に応じた手法を選択しなければならない。現時点では、ある程度ハンドリングできる経年劣化紙にはフリース法が適切であると考えられるが、紙表面が繊維で覆われ、文字情報が見にくくなる欠点がある。今後の展開としては、ナノ繊維に紡糸したセルロース誘導体を用いて、従来からのフリース法による強化との併用、もしくは複合化した処理を検証する。一方、繊維まで劣化が進んでいる経年劣化紙では、紙を厚み方向に裂いてから芯紙を挿入するペーパースプリット法など抜本的な手法で対応せざるを得ない場合がでてくる。劣化が極度に進んだ経年劣化紙ではペーパースプリット法の前処理として何らかの強化処理が必要となるため、フリース法やエレクトロスピニング法による強化処理がペーパースプリット法を阻害しないという検証を、今後、進めていく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度は予定どおり、研究を遂行できた。次年度使用額が511,620円生じているのは、平成24年度の未使用額800,825円によるところか大きい。これは、紙の強化処理実験で用いる機器の整備の都合上、初年度(平成24年度)は実験開始が秋以降となったため生じた額である。 成果発表に追加充当する。現在、紙の強化処理、紙の脱酸性化処理、この2テーマにおいてオーストラリア、メルボルンで開催されるICOM-CC(国際博物館会議・保存修復委員会)での発表を予定している。
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Research Products
(6 results)