2012 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
24520167
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Kyoto City University of Arts |
Principal Investigator |
藤田 隆則 京都市立芸術大学, 日本伝統音楽研究センター, 教授 (20209050)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 謡本 / 胡麻点 / 身ぶり / 伝承 / 記譜 / 中世芸能 |
Research Abstract |
平成24年度は、世阿弥自筆本が残る作品「江口」にみられる節の記号をひとつひとつ検討した。江口は、世阿弥の時代以来、継続して演じられて(歌われて)きた作品であり、多くの謡本が残されている。したがって、室町時代から現代にいたる、節の記号を比較し、変遷をたどることが可能である。比較作業は、観世流を中心におこなった。謡の中のある言葉には、一つの本では「上ゴマ」すなわち上向きの記号がつけられている。しかし別の本では、同じ言葉が「下ゴマ」を付されている。こういったことから、上ゴマと下ゴマには、対照的な側面だけではなく、何らかの共通した側面があることが予想されるが、それが何であるかを明らかにすることは、次年度の課題となった。また、江戸初期の本の精査から、現代の謡本の用語の用法の再検討が可能になることもあった。たとえば、「下」は現在、「げ」と「さげ」とに区別され、それぞれことなった意味をあたえられるが、その区別は近代の創造であると言える。江戸初期の本は「下」は一貫して音の高さをしめす指示であることが、確認できたからである。謡本の調査に加えて、24年度は、奈良の民俗芸能である題目立の練習現場のフィールド調査を、集中的におこなった。題目立には、声を出す際の独特な抑揚と旋律があるが、練習に際しては、音の高さの正確さよりも装飾音をつけること(あるいは抑揚の正確さ)のほうが優先されることがわかったのは収穫であった。楽器を用いない歌や語りの音程が圧縮されたり、抑揚が誇張される変化は、謡や声明の伝承などでしばしば認められることであるが、それが生み出されて定着していく過程は、練習の現場にある。世阿弥の伝書には「節訛り」「文字訛り」という言葉があるが、これらを具体的に理解するヒントは、現在の伝承の現場にも得られるはずと確信できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年度の目標は(1)楽譜(謡本)の比較作業と考察、(2)歌われる現場、暗記現場のフィールドワーク、(3)「節」や「胡麻点」解説書の蒐集と読解、以上の3点であった。 このうち、(1)に関しては、具体的な比較作業を開始している。世阿弥の自筆能本が残されている作品すべてについて、比較作業をおこなう予定であったが、作業が進んだのは「江口」一曲である。謡本の数がかなり多いので、仕方がないにしても、25年度は、もうすこし曲の数を増やす必要があるだろう。 (2)に関しては、昨年、もっとも力をいれて調査をおこなった。伝承の現場(練習の現場)に何度も足を運んで、観察を重ねた結果、言葉と旋律の伝承においては、解釈にもとづいた革新がなかなかおこなわれにくいということが了解できた。しかし一方で、意味がわからないものをそのまま大切に保持することが、いかに大切にされ、まるごと伝えられているか、ということが確認できたのは収穫であった。 (3)については、残念ながら、あまり進めることができなかった。謡本の記号については、それを正確に読み、解釈するという伝統が、能の世界には希薄なのである。記号は、つねに不完全なもの、あるいは、音を正確にあらわしてはいないもの、というまなざしの下におかれ、師匠の模範提示なしには、それを解釈することはできない、というのが普通の習慣である。したがって、節の記号を読解する習慣もないわけであり、節についての解説や謡本の独習書についても、きわめて不完全なかたちでしか存在していないのが、実態である。しかし、それにもかかわらず、いくつかの謡本や解説書は、正確な記述をめざして書かれている。蒐集はすでにすんでいるので、次年度は読解を開始する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は、(1)(2)(3)の課題のそれぞれを、計画にもとづいて進めていく予定である。(1)については、世阿弥自筆本の江口以外の曲の比較をおこなう。比較のための謡本が多数残っているのは「盛久」であるが、その他にも「弱法師」「雲林院」「難波」でも比較作業をおこなう。平成24年度は、上掛りの謡本(観世流)のみに焦点をあてたが、今年度は、下掛り(金春流)謡本も比較の対象としていく。 (2)については、対象を他の中世芸能にもひろげて、身ぶりと節付けの関係をさぐっていきたい。本年度は、中世芸能の中でも、西浦田楽に注目する。西浦田楽は、その神事上演において、たくさんの歌を歌うが、それらの旋律と体の動きとの関係に注目してデータ蒐集をおこなう。また、中世語り物の源流とされている仏教の講式の節付にも注目し、それが学ばれる現場を記録する。 (3)については、声明、早歌、朗詠などの楽譜研究をおこなう。これらの分野に見られる「仮博士、目安博士」等のiconicな楽譜が、どのように説明、解釈されてきたか、基本的な近代現代の文献を渉猟し読解する。また、専門家に情報提供を依頼する。われわれには専門外領域の初歩的知識は、能の謡の専門的研究に資するところが大きいはずだ。見慣れた「胡麻点」の風景を、新しいコンテクストの中で見直すことが目標である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
学会発表のために、国内旅費、および海外渡航(欧州、および中国)のための旅費を使用する計画である。英語論文執筆のために、外国語の校閲費用が必要となるので、そのための費用にあてる。また、データベース作成などのために、アルバイトを雇用する必要があるので、そのための人件費に使用する。
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Research Products
(5 results)