2012 Fiscal Year Research-status Report
戦前期において支那愛好者が果たした文化受容活動の実証的研究――井上紅梅を中心に
Project/Area Number |
24520200
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
勝山 稔 東北大学, 国際文化研究科, 准教授 (80302199)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 支那通 / 井上紅梅 / 宮田芳三 / 寺田寅彦 / 上海 |
Research Abstract |
中国白話小説の受容に多大な貢献を果たした支那愛好者の文化受容の研究の一環として、今年度は従来先行研究でも「謎の男(三石善吉「後藤朝太郎と井上紅梅」)」と称されていた井上紅梅の受容活動の全貌を把握するため、日本各地に散在している井上紅梅に関する著述の収集を行った。彼の著述活動の大半は上海・南京・蘇州という当時で言うところの「外地」で行われたこと。一部の活動は戦中期に重複しているため、保存状況は劣悪でしかも少数の記録しか残されていなかった。そのため神戸・東京・名古屋・大阪など資料収集を実施し、特に神戸大学や国会図書館(東京本館・関西館)などでは従来誰もその存在を知らなかった井上紅梅に関する著作や記録を発見することが出来た。特に『諸官省用達商人名鑑』の発見や、寺田寅彦の日記に記載された記録は、従来全くわかっていなかった井上紅梅の青少年期の事跡に光を当てることが出来た。拙稿「寺田寅彦の著作に現れた井上紅梅」はその一環である。 また「三言」の受容史研究の一環で考察していた(衍慶堂刊本)『醒世恒言』巻23「金海陵縦欲亡身」の日本最初の翻訳(混沌庵「京本通俗小説二十一巻 金虜海陵王荒淫改題」1929年)が、井上紅梅の翻訳であることが判明した。従来看過されていた受容史の一端がこれで明確化されたほか、白話小説受容史における井上紅梅の役割が予想よりも高いことが拙稿「近代日本に於ける中国白話小説「三言」所収篇の受容について」によって証明された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究の初年度は、東日本大震災による研究棟の改修工事の最中に始まったため、時間的・物理的な制約が多く、本格的な研究計画は予定よりもやや遅れて開始した。しかし、実際に資料収集作業を始めると、資料収集の度に新たな資料の発見があったこと。そして新たな資料の発見が、更に新しい資料の収集の必要を生むこととなり、特に年度末には重要な発見や、井上紅梅に関する新たな課題も見えてきた。初年度とはいえ、この時点で当初予定していた「発見が予想される資料」以上の発見が見出され、一時期は正直「応接の暇もない程」発見が相次いだ。現在はこれらの発見資料の中から、特に重要な①寺田寅彦の著作に見える井上紅梅については、既に初年度中に公刊を果たした。そのほか、②支那風俗研究会刊『支那風俗』及び金風社刊『上海案内』に見える井上紅梅の記述、③『諸官省用達商人名鑑(第一回後編・第二回前編)』に見える井上商店についても、論文を作成中であり、投稿する準備を整えている。このように予想外に井上紅梅に関する資料が陸続と発見されており、計画予定よりもこれら新発見資料の研究分析に比重を掛けているが、既に計画の予定以上に順調に研究が進められていると言って過言ではない。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究における重要課題は、残された未収集資料の調査である。前述の通り当初予定の資料収集は既に行ったが、予想以上に未発見資料が多く、その資料分析によって、追加で資料調査を行う必要が出てきた。これは予想を越える井上紅梅の著述活動の大きさを示す証左とも言えるが、これらの新資料から更に新しい紅梅像が現れる可能性も大きい。そのため、今年度も継続して残る新資料の収集や調査を継続する。また日本国内の資料収集が一段落した時点で今年度は、井上紅梅が長年活動していた上海に現地調査を行う。既に紅梅の上海における住所は判明している。また上海図書館には日本国内に存在しない邦字雑誌や邦字日刊紙の存在が予想される。今後はこの種の未収集資料を確認した上で、紅梅が白話小説の受容へと傾倒していった過程を探ることの出来る④外地邦字雑誌『上海持論』⑤『日刊支那事情』に見える紅梅の著述についても次年度中に脱稿する予定である。また本研究の最重要課題である紅梅の事跡の研究や、広く支那通の動向も含めた支那愛好者による文化受容活動の実像に迫ろうと考えている。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
まず旅費についてであるが、次年度は残された未収集資料の調査を最優先して行う。現在の所、東京(上海日報・支那風俗等)や神戸(上海時論・上海週報)などを予定しているほか、現在も未確認資料が突然発見される事例(例えば井上紅梅訳『今古奇観』が昨年日本近代文学館で発見された等)もあり、この種の資料が発見された場合には迅速に調査を行う予定である。また今年度は井上紅梅に関する基礎的な資料収集が中心であったが、それもほぼ収集することが出来たため、次年度以後は広く支那通に関する資料や専門書を購入する予定である。その他、既に膨大な資料に整理がつかない状態にあるので、資料収集用の事務用品を購入して効率化を行う予定である。また次年度には現時点までで知り得たり、分析によって解明された研究成果をもとに市民セミナーの開催を予定している。また論文作成や入力資料のデータ分析にパソコン等を使用しているが、現時点では新規のパソコンの購入や機種の更新などは予定していない。ただし、故障などの不測の事態が発生した場合には修理や更新等の判断を行うことも考えている。
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