2012 Fiscal Year Research-status Report
第一次世界大戦後の散文作品における叙情詩的技法の影響-セリーヌを中心に
Project/Area Number |
24520357
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
杉浦 順子 神戸大学, その他の研究科, 研究員 (30594361)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | フランス文学(20世紀) / ルイ=フェルディナン・セリーヌ / 第一次世界大戦 / オート・フィクション / 叙情性 / 記憶 |
Research Abstract |
初年度の最大の成果として、24年度8月のフランス滞在中にパリ国立図書館並びにカンにあるIMEC(現代出版資料研究所)を訪れ、ふたつの作品に関して草稿の読解をおこなったことがあげられる。セリーヌの処女作『夜の果ての旅』の草稿研究に関して報告者が特に注目しているのは、主人公「わたし」の形成過程であり、2001年にフランス国立図書館が入手した最も初期のものと思われる手書き草稿に関しては博士論文の中で調べ、そこに出版原稿との重要な違いがある点は確認していた。今回はその最初の草稿と出版された最終原稿とのあいだを結ぶと思われるタイプ原稿を確認し、その決定的な異同が執筆のどの段階でなされているかを確認する作業だった。このタイプ草稿は匿名の個人が所有しているため、通常の閲覧は困難となっている。したがって、Jean-Pierre Dauphin が1976年にソルボンヌ大学に提出した博士論文(未刊行)に記録された資料の閲覧となった。そのため、すべての疑問点が解消したわけではないが、もっとも重要と思われる主人公兼語り手「わたし」の異同に関しては、かなり遅い段階で出版された現在の状況に落ち着いたことが確認できた。 ほかに平成24年度で目指したのは、セリーヌが影響を公言するアンリ・バルビュスとポール・モランの読解に力を入れることであったが、両者の主要作品は読み終えることができた。今後二人の作品に関する研究書も参考に、バルビュスの戦争体験の語りとセリーヌの戦争体験の語りとの比較はもちろんだが、外交官作家ポール・モランが先駆的に開拓していった「オートフィクション」と呼ばれる作風、すなわち作家と同一と見做しうる「わたし」という主体によって、フィクションとのノン・フィクションの狭間で記憶を語る手法に関してもセリーヌへの影響関係をより詳細に浮き上がらせる作業に入りたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
夏期フランス滞在中に訪れたIMECでは、当初、本研究でもっとも積極的に取り上げる予定であるセリーヌの後期作品『またの日の夢物語』の草稿を扱うことが主要な目的であった。事前の施設側とのやり取りから、ある程度まとまった未出版の資料を閲覧できると想定していた。しかし、実際に当施設にあったのは、すでに筆者が入手しているものばかりであった。IMECでは、代わりにもうひとつの後期作品『Y教授との対話』に関する貴重な資料を閲覧できた成果はあったものの、『またの日の夢物語』の草稿に関しては、テクストが散逸し、事実上、閲覧が難しい状況にあることがわかった。また、IMECでは中期作品『ギニョルズ・バンド』の草稿も、25年度の滞在で閲覧する予定であったが、これもすでに校訂版においてが確認できるレベルのかなり限られた草稿しか閲覧できないことも確認できた。したがって、平成25、26年度以降の研究では、草稿に関する部分は現在入手可能となっている資料から分析を進めるよう、いくらか方向修正が必要となった。この件に際しては、次項目でさらに説明を付す。 上記とも関連してくるが、平成24年10月に神戸大学で行われた日本フランス語フランス文学学会の全国大会では、夏期のフランス滞在で調べた成果を十全にこの発表で反映させることができず、その点が反省点として残った。 ただし、初年度の課題として挙げていたセリーヌが影響を受けた作家の主要作品の読解はほぼ順調に進み、本研究のテーマに関連する20世紀初頭の記憶をめぐる散文エクリチュールの変革に関する研究の方向性を定めることできた。
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Strategy for Future Research Activity |
上述の「研究の達成度」に関する項目で述べたように、『ギニョルズ・バンド』および『またの日の夢物語』の草稿読解は、閲覧の困難さから校訂版の範囲内に限られることになった。したがって、24年度の夏以降は、草稿研究の比重を押さえ、当初の研究計画にいくらかの修正を加えることが必要となった。本研究では戦争体験と散文文学における主体のあり方との関わりを探求し、その変容をたどるため、セリーヌのほかに、第一次世界大戦に参戦した作家を研究対象に限定していた。しかし、そこにセリーヌとほぼ同世代で、作家が文体的な影響を指摘しているポール・モランも分析対象に加えることで、「オートフィクション」という領域に射程を広げながら、セリーヌの散文でとりわけ特徴的な自伝的主体のあり方を検証していく道筋をたてた。 上記のような修正にともない、まず25年度は改めて書誌一覧を加筆・修正するところからはじめた。渡仏前にジャンル論の枠組みの中で抒情詩と散文詩や詩的散文、また自伝と自伝的小説やオートフィクションなどのエクリチュールを整理し、それぞれの主体のあり方とその特徴を整理しておく。そこから10月に開催される日本フランス語フランス文学会での発表テーマと分析対象作品を6月半ばまでに絞り込む。 夏期の渡仏ではパリの国立図書館、あるいはソルボンヌ大学付属の図書館に通い、日本では入手、閲覧が困難な批評書と最新のセリーヌ研究に重点をおいて資料閲覧を行う。同時に学会発表の準備をすすめていく。 年度後半、学会後は本研究の最終段階である、散文物語の語り方からいわゆる「物語」として想起するのとは別の記憶表現のあり方へと理論テーマをシフトさせ、セリーヌ作品に関しては、もっとも研究されていない後期の『またの日の夢物語』に研究対象を絞っていく予定。12月には、翌26年7月に国際セリーヌ学会で発表するテーマをしぼり、その準備をはじめる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
昨年度同様、資料収集および文献閲覧など本研究に欠かせない作業を集中的に行うため、再度、大学が休暇に入る平成25年8月から9月にかけて、フランスへの長期滞在を予定している。そのための滞在費、および渡航費用に平成25年度分の助成金の大半をあてることになる。なお、今回予定している渡航中の作業は、パリにあるフランス国立図書館ならびにソルボンヌ大学での資料閲覧が中心となるため、基本的にパリ市内での作業となる。 また10月に大分の別府大学で行われる日本フランス語フランス文学会全国大会で研究成果を発表する予定であり、そのための旅費や滞在費、宿泊費などを残りの助成金でまかなう予定である。平成24年度に余った研究費は上記の資料収集の際に、必要な書籍購入資金に充てる。
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Research Products
(3 results)