2015 Fiscal Year Research-status Report
ベケット作品/草稿におけるテクストと図:ライプニッツ的組み合わせ術と存在論の研究
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24520378
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Research Institution | Kobe Women's University |
Principal Investigator |
森 尚也 神戸女子大学, 文学部, 教授 (80166363)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ベケット / ライプニッツ / 共約不能性 / モナド / 無窓性 / 唯我論 / クザーヌス / 予定調和 |
Outline of Annual Research Achievements |
3本の論文を執筆した。1「ベケットの『初恋』、あるいは声と存在の識閾の彼方」(未知谷より2016年刊行予定)。1946年のフランス語小説『初恋』をとりあげた。ベケットはテクストの中心に言語や、数では到達できない領域、沈黙をおいている。その不分明な領域にはライプニッツの無意識的知覚である「微小表象」やルネサンスの思想家クザーヌスの「学識ある無知」の主題が隠れている。なによりも到達不可能なテクストの中心には、「無理数」と「沈黙」の両義性をもつラテン語"surdus"が潜み、そこから不条理と無理数を意味する"ab・surd"が見いだされる。この概念が「共約不能性」として、ベケットの他者論の根本にあることを論じた。
2「ベケットの<バロック的唯我論>」(日本ライプニッツ協会主催「『モナドロジー』300 年シンポジウム」学習院大学、2015年3月27日の発表原稿を加筆修正しネット公開)(http://researchmap.jp/muhugqpyo-1832402/#_1832402)。 1936年の『マーフィー』から1989年『なおのうごめき』に至る数々の小説や戯曲作品のなかに、いかに「無窓性」をはじめとするライプニッツの「モナド」の表象が描かれているかを明らかにした。
3「ベケット『メルシエとカミエ』における「泥棒たちの巣窟」ー逸脱する運動と「無窓性」のなかの連帯ー」『初恋』と同じ1946年に書かれた小説『メルシエとカミエ』をとりあげ、テクストの中心に隠されたマンテーニャ『磔刑図』(1459)の意味を、『ゴドーを待ちながら』の二人の泥棒と比較し、ベケットが表現しようとしたものを探った。そこにはライプニッツの「予定調和」やキリスト教の世界観を揺さぶり、逸脱する運動がある。メルシエとカミエの出会いの「一覧表」は、予定調和の象徴であり、その結びつきを壊すところにベケットの意図がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
表現媒体や表現形式、運動の速度は違っても、ベケットがある種の存在論哲学、先在的数学構造に則ったトポロジカルな運動を表現していたことを論じるのがこの研究の目的である。出版稿には残っていなくても、草稿過程において、ベケットは計算式や図表を用いていることが多い。書かれた数式や図表から浮かび上がるのは、ライプニッツの組み合わせ術であり、終わりなきモナド的運動であり、モナド的な他者と切り離された存在論である。この見通しのもと、これまで草稿研究と論文の執筆を平行して進めてきたが、個別論文の執筆を通して、ますます見通しは確信に変わってきた。
草稿研究については、アイルランド、イギリス、アメリカ、フランスを中心に、ベケットの草稿は10以上の図書館に所蔵されおり、そのうちの4箇所を訪れたが、まだどうしても訪れなければならないアーカイヴが残っている。とくに、公開されて間もない『マーフィー』ノート6冊をレディング大学図書館と、『ゴドーを待ちながら』の仏語草稿を所蔵するパリの国立図書館である。昨年は、レディング大を訪れる予定だったが、事故により計画を断念したため、草稿研究は予定より遅れている。
しかし、逆に3本の論文執筆により、研究テーマを深めることはできた。ベケット文学の根幹にライプニッツ形而上学が潜んでいることを、戦争直後1947年のふたつの小説『メルシエとカミエ』、『初恋』において確認できたし、主人公達の運動にライプニッツの予定調和とそれを揺さぶる無秩序の導入を見いだせた。
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Strategy for Future Research Activity |
【草稿研究】昨年事故で断念したレディングでの『マーフィー』草稿と、一昨年のパリの国立図書館にある『ゴドー』の仏語草稿の解読については、研究を継続しなければならない。できればこの夏、レディングとパリの2箇所で草稿研究を実施したい。テキサス大学オースティン校のハリー・ランサム・ベケット・コレクションからは、コピーを依頼して入手可能な草稿は入手しておきたい。オハイオ州立大のベケット草稿についても、『勝負の終わり』のフランス語手書き初稿のコピーを頼むことにする。そこには以前見つけたライプニッツの「連続律」が書かれているので、今後の発表でも使いたい。
【論文・学会発表】「ベケット作品/草稿におけるテクストと図:ライプニッツ的組み合わせ術と存在論の研究」を本年度で締め括るにあたり、『クラップの最後のテープ』や『事の次第』論の執筆を避けることはできない。そこにはライプニッツの「組み合わせ術」が駆使されていて、それは登場人物たちの存在のありかたにまで関わるからである。同時に、存在のあり方について、ベケットが「蟻」や「虱」などの小動物、「塵」「石」「砂」などの無機物をいかに「人間」と連続して表象しているかについてもまとめていきたい。ライプニッツ協会やアイルランド文学協会などでも口頭発表で、とりかかりたい。
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Causes of Carryover |
本年度は7月末から8月にかけてレディング大学図書館で、一般公開になったばかりの『マーフィー』ノートブック6冊を研究する予定であった。『マーフィー』ノートの閲覧室での研究も予約していたところ、出発直前に左足首靱帯断裂の事故にあい、渡航そのものを断念せざるをえなかった。(旅費の使用は、航空券、宿泊代等のキャンセル料である。)したがって、次年度にこの草稿研究を持ち越すことになった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度は、レディング大学図書館でのサミュエル・ベケットの『マーフィー』ノートブック6冊の草稿研究を夏に実施予定である。また残った旅費で、昨年のパリの国立図書館にあるベケットの代表作『ゴドーを待ちながら』のフランス語初稿の研究が、半分残っているので、その続きを次年度中に行う予定である。
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Remarks |
日本ライプニッツ協会主催『モナドロジー』300 年シンポジウム発表原稿(学習院大学、2015年3月27日)を加筆修正したもの。
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Research Products
(3 results)