2012 Fiscal Year Research-status Report
イスラーム帝国におけるハーッサに関する研究ー家産帝国理論構築に向けてー
Project/Area Number |
24520807
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
前田 弘毅 首都大学東京, 人文科学研究科(研究院), 准教授 (90374701)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 国際研究者交流 / サファヴィー朝 / グルジア / 王権 / 奴隷 / アルメニア / コーカサス / イラン |
Research Abstract |
本研究初年度は、ハーッサ概念を把握するための基本的な作業として、先行研究の精読と海外研究者との協力関係の深化を課題とした。近年大きく変化しつつある16-17世紀オスマン帝国史研究について知識を得て、比較史的展望をより意識できたことは大きな成果である。特にTezcan, Durstelerらの最新著作からさかのぼって、先行研究についても知見を増すことができた。同様に、地中海地域に関する研究における移動や「所有」の問題について理解を深めた。ペルシア語や欧文史料の基本文献についても読解を進めた。 海外研究者との協力については、グルジアで開催された国際学会に参加・発表を行ったほか、トルコ東部のグルジア関連史跡を訪問した。国際学会ではセッションのチェアも勤めたが、グルジアと隣接諸帝国権力の関連について、多くの知識を得た。また、本科研が主に対象とする時代は現地住民のイスラーム化の問題など、様々な意味で現代に接続する「転換期」であり、現地の歴史のみならず研究環境やよりアクチュアルな問題についても知見を増すことで、より複合的視点から地域の歴史にアプローチできると考える。 このほか、アルメニアとグルジアから日本に招へいされた中世史研究者との研究交流を通じて、日本の王権論も含めた議論の可能性も認識した。制度論と実態の議論は史料的限界も予想され、容易ではないが、比較の視野を広げてつつ、意見交換を重ねることで、成果への見通しもより確実になると考える。大阪大学等の国内研究機関訪問においても、意見交換と蔵書から様々な研究的視野を獲得することができた。来年度以降の具体的な研究検討の中で、こうした概念的試行が大きな意味を持つと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究はおおむね順調に進展している。研究文献を読み進め、先行研究をまとめた他、史料の収集と読解にも入っている。特に研究初年度は「王権」の意味する範囲に関する隣接諸地域や他世界に関する知見を広げたことで、比較の視座が加わった。同時代のオスマン帝国の支配体制変動と人の流れに関する研究が近年深化しており、こうした最新の研究成果の吸収に努めることもできた。 また、初年度はグルジア等の研究者との意見交換や国際学会での発表などを通じて国際交流において大きな成果を上げることができたと考えている。書籍収録論文の発表や、インターネット媒体のジャーナルへの寄稿の他、現地での講演会やメディアへのインタビューなどを通じて研究成果の知的還元にもつとめた。 ただし、史料・研究の収集に時間がかかり、研究史の読解とまとめに関する作業が若干遅れ気味な点は問題である。グルジア語による研究の基本文献であるGabashviliやロシア語での研究文献の情報をとりまとめる必要があり、平成25年度はこうした先行研究のまとめに関する基礎作業をあらためて最優先で行う必要があると考えている。その上でより本格的な史料読解に入らなければならない。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度で明らかになった先行研究の到達点や未検討の課題などを踏まえ、今後は具体的にペルシア語史料中のハーッサの意味する範囲について検討して明らかにする必要がある。特に従来の研究で用いられてきた中央宮廷の史料だけではなく、ケルマーン、シューシュタル、アゼルバイジャン・コーカサスなどの地方情勢に詳しい史料の記述に注目する。双方の情報を比較・検討することで、宮廷による把握の仕方や地方行政の実態と両者に対する「王権」の関わり・範囲について詳しく明らかにしなければならない。こうした具体的検討を進めながら、サファヴィー朝王権の実態を王の「家産」概念から捉え直す作業を行う。王領地を通じた土地支配の実態、マイノリティと辺境地域への政策も含めた国王家産共同体構成員のリクルートの問題について、最終的にはハーッサ概念の先行研究における理解、ハーッサとなった「モノ」、ハーッサとなった「ヒト」についての検討を総括し、当時のサファヴィー朝社会におけるハーッサの示す空間的「奥行き」を具体的に検証してまとめる作業を行う予定である。すなわち、サファヴィー王権がイラン社会で有した「王権」としての範囲を具体的に示す作業をすすめながら、特に家産・ハウスホールド概念に注目して、王権の機能した範囲を具体的に明らかにする。こうした作業を総合的にすすめることで、社会を統べる理念的エネルギーについても考察が可能となるが、これは、前近代のイスラーム王権の社会支配における一つの到達点とその限界を示すことが可能になると考える。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究初年度であった今年度に引き続き、資料収集と分析につとめる必要がある。テーマとしてはサファヴィー朝「王権」の地方への「浸透度」とその中でコーカサス系出身者が果たした役割についても検討を重ねる。 資料収集にはイランないしグルジア等現地へ赴く必要がある。特に史料や報告の場の提供に積極的なグルジア写本センターとはこれまでの研究協力の体制をより深化させていきたいと考える。また、比較的視野をより深めるためには現地あるいは欧米の研究者との意見交換も引き続き積極的に行っていかなければならないので、国際学会への参加も検討する。 また、2年目をむかえ、少しずつ蓄積されてきたペルシア語史料等から得られたデータについても、整理・まとめを進めて、研究論文や成果報告の形で公表をすすめていくことも課題としてあげられる。関心の近い研究者との提携も進めることで論点をより多様なものとすることに次年度はつとめたいと考える。 なお、24年度未使用額については、25年度以降に現地調査を行う際に使用する予定である。
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