2013 Fiscal Year Research-status Report
近現代ドイツにおけるホメオパシー信奉者団体の活動と通俗医学書
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24520846
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
服部 伸 同志社大学, 文学部, 教授 (40238027)
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Keywords | ドイツ / ホメオパシー / 民間治療 / マニュアル(手引書) / オルタナティブ |
Research Abstract |
申請者が研究代表を務める同志社大学人文科学研究所の共同研究「近代社会における身体と環境の「知」と大衆:「マニュアル」からの比較史」の一環として本研究は実施されており、研究会を通じて、地域・時代を超えた多様なマニュアルの社会史的な研究を知ることで、本研究を推進する上で有益な情報を得ることができた。 前年度夏のフィールド調査で収集した帝政期から1930年代までにドイツで発行された小型で簡便な患者向けホメオパシー治療手引書の内容を分析し、前年度までに考察していた数百ページに及ぶ高度な内容をもつ家庭医学書や患者向け健康雑誌の記事分析成果と併せて、19世紀中頃から20世紀前半のドイツにおける患者向けホメオパシー治療手引書の特質を多面的に明らかにすることができた。 すなわち、この時期の患者向け治療手引書は、高度な内容をもつ大型本も、簡便な小型本も、病因論などについては科学的な成果をできる限り取り入れて説明しているのである。科学的な医学を否定するホメオパシーの治療手引書が科学的な知見を提示することによって、その主張の正統性を示そうとしたことが浮かび上がる。 このような手引書は改訂を行いながら比較的長期間にわたって発行され続けたが、そのほとんどは第二次世界大戦までのいずれかの時期に絶版になってしまい、ごく一部を除いては、第二次世界大戦後まで出版され続けることはなかった。帝政期から1930頃までの間に、国民的な疾病は感染症から生活習慣病へと移行したが、古い手引書はこの変化に対応するための根本的な改変を行うことができず、しだいに人気を失ったと考えられる。 この成果は、拙編著『「マニュアル」の社会史-身体・環境・技術-』に掲載した。 さらに、夏には第二次世界大戦後の治療マニュアルを収集することを主たる目的にドイツにおけるフィールド調査を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
この2年間で帝政期から1930年代までのホメオパシー治療手引書の内容を分析し、その特質を明らかにした。すなわち、ルッツェ著『ホメオパシー教本』に代表される、大型の治療手引書では、治療方法について、さまざまなケースを想定して、病状ごとに幾種類もの治療方法が記されているだけでなく、改訂によって科学的医学の研究成果も取り入れた詳しい病理学的な説明が加えられている点に特徴がある。安価で簡便な『民衆医師』では、症状の説明はほとんどなく、治療方法についてのヴァリエーションは少ない。しかし、身体に関する説明などでは、新しい病理学、生理学、栄養学などの成果が取り入れられている。このように、疾病や身体に関する「科学」的な記述が見られるのがこの時代のホメオパシー治療手引書の特徴であることが浮かび上がった。 ところで、Marion Baschinの研究によって、19世紀に出版されたホメオパシー治療手引書の大半は第二次世界大戦後には絶版になってしまったことが明らかにされているが、上記の手引書のような部分的改訂では、20世紀前半に起こったドイツ社会における疾病構造の変化に対応できなかったことも指摘した。 このような手引書を利用しつつホメオパシー治療を行っていた信奉者団体の活動に関する史料の収集もほぼ順調に進んでいる。さらに、戦後社会における変化を確認するために1980年代以降に出版された治療手引書の収集も開始している。ただし、近年発行された手引書類について体系的に収集している研究機関・図書館がなく、各地の図書館などを個別に確認する必要があり、網羅的な収集は断念せざるを得ない。 なお、手引書に関する研究に多大な時間を割いたため、手引書を利用していた患者たちの活動を明らかにする研究は、遅れている。ただし、裁判資料などは相当収集しているため、今年度集中的に分析することで、この遅れは十分に取り戻すことができる。
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Strategy for Future Research Activity |
科学的医学に不満をもつ患者をホメオパシーに向かわせる場を具体的に探る試みとして、昨年までにフィールド調査で収集した裁判記録などを中心に、ホメオパシー信奉者団体の日常的な活動を一つの地域協会の事例から明らかにする。 帝政期から1930年代にかけて出版されたホメオパシー治療手引書に科学的医学の研究成果が多く盛り込まれていることが明らかになったが、Martin Dingesのサベージ研究によると、ホメオパシー患者向け雑誌の記事の中では、科学的な記述が減少していることが明らかになっている。また、2010年夏にドイツの『シュピーゲル』誌に掲載された記事でも、一部の治療師がホメオパシーの神秘性を前面に押し出すようになっていることが明らかにされている。この指摘が第二次世界大戦後に新しく刊行されたホメオパシー治療手引書でも当てはまるのかを、昨年の調査で収集した手引書の内容を分析することで確認してゆくことにする。 第二次世界大戦後にこのような変化が起こった原因として、ビオヘミーの影響であることが考えられる。この治療法はルドルフ・シュタイナーによって提唱されたもので、ホメオパシーとの類似性が指摘されているが、より神秘性が強いといわれている。そこで、1920年代以降のビオヘミー治療に関する史料収集を開始し、その記述がホメオパシー治療に与えた影響の有無について確認する。同時に、第二次世界大戦後継続して発行されている患者向けホメオパシー雑誌の記事についても分析を行う。 これらの作業を通じて、ホメオパシーが現代的な意味での「オルタナティブ」へと変質してゆく過程を明らかにしたい。
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Research Products
(1 results)