2012 Fiscal Year Research-status Report
戦前日本におけるマルクス主義の教養化と大衆化―その文献史的研究―
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24530213
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
久保 誠二郎 東北大学, 経済学研究科(研究院), 博士研究員 (80400216)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | マルクス主義 / マルクス主義普及史 / マルクス経済学 / 資本論 / 共産党宣言 / 戦前 / 大正・昭和 / 発禁 |
Research Abstract |
本年度は、戦前期のマルクス主義文献の網羅的な探索を推し進め、啓蒙書の探索またマルクス主義に関する新聞記事と広告の収集、それらの分析が主な課題であった。次の成果を得た。 ◎マルクス主義文献の網羅的探索・リスト化:これまで国立国会図書館の蔵書(NDL-OPAC)を対象として進めてきたが、更に対象を広げ、国立情報学研究所(CiNii)及び法政大学附属大原社会問題研究所の書誌(蔵書)データベースを利用することで計約1100点(単行本に限る)のマルクス主義文献をリスト化した。更に、国内所蔵だけでなく米議会図書館や旧植民地等、国外所蔵にも目を向ける必要を新たに見いだし、調査に取りかかった。また戦前期の禁書の代表格である『共産党宣言』には1931年及び1932年(共に太田黒訳)に並製版とともに上製版が存在する可能性を発見し、探索を続けている。 ◎啓蒙書、新聞記事・広告の探索:山川均『資本主義のからくり』を用いた「からくり」キャンペーン(1931年頃、農民労働社)、諸労働学校でのマルクス経済学のレジュメ等の資料収集、またカウツキー『資本論解説』の考察を行った。山川均とカウツキーの上記著作こそは『資本論』普及の重要著作と推定した。新聞では「帝大入試共産党宣言出題事件」(1925年)として一部で報じられた「事件」を最初に取り上げた新聞『日本』の当該号の発見に努めたが、現存しないものと暫定的に結論した。 ◎発行部数、発禁の実効性:マルクス主義文献の発行部数及び発禁処分による差押えの実効性については、従来知り得ないものとされてきたが、これらにも知見を広げ得る資料が近年現れ始めた。『改造社出版関係資料』(2010年、雄松堂)、『雑誌新聞発行事典』(2011年、金沢文圃閣)等であり、『出版警察報』(内務省)と併せて、マルクス主義文献の発行部数と差押え率について従来知られていない重要な知見を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1,本研究目的を達成するための基礎となる戦前期のマルクス主義文献の網羅的探索とリスト化の課題では、国立国会図書館所蔵以外に、CiNii、大原社会問題研究所にも探索対象を広げることにより、約1100点の単行本リストが作成できた。このリストから幅広く啓蒙書を視野に収めながら、戦前期の『資本論』普及に多大な影響を与えた著作として次に述べる2点をピックアップできた。これは研究目的に即して進展している。雑誌論文については書誌情報の収集まで行うことができた。リスト化のための書誌データの加工、重複の整理までは終えていないが、およその目処はついている。 2,啓蒙書の内容、傾向の分析の課題については、まず『資本論』(マルクス経済学)理解・普及において大きな影響をもった文献を次の二つに絞り込むことができた。山川均『資本主義のからくり』(1923年初版)およびカール・カウツキー『資本論解説』(単行本初版、1920年、高畠素之訳)である。前者では農民労働社による普及キャンペーンすら行われており、その資料を収集し、内容だけでなく大衆的広がりの様相に注意を払って考察を進めた。後者では、戦前における高い水準の資本論解説書として最も普及・販売されたものが同書であると推定し、またその大改訂によって資本論解釈が変容する点に注目している。強い影響をもった啓蒙文献を具体的に絞り込めている点、また内容に一定踏み込めた考察をしており、研究目的に即して進展している。 3,新聞記事・広告の探索と分析については、『読売新聞』、『東京朝日新聞』で一通りの収集と各記事,広告の整理を終え、さらに必要に応じて『大阪毎日新聞』、『時事新報』などの各一般紙の資料を収集している。概要的な整理・分析はおおまかには得ており、研究目的に即して進展している。 以上、本研究課題はおおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的に当初計画どおりの進行を図るが、まずマルクス主義文献の雑誌論文のリスト化に早急に取り組む。また以下の点を研究実施計画に加える。 1,本研究課題の基礎を成す戦前期のマルクス主義文献の網羅的探索の過程で次の知見を得た。CiNiiに未登録書誌の多い著名私立大学が複数あること、また戦後占領下でアメリカに接収された戦前の国家機関等の蔵書資料は、多くは後に日本に返還されているが、一部はいまだ米議会図書館(LC)に所蔵されていること、また別ルートで収集された戦前の日本語資料(スタンフォード大学・フーバー研究所等)があること、この他にアメリカ施政下の沖縄・琉球大学にLCから寄贈された被接収日本語文献があること等が判明した(和田敦彦『越境する書物』2011年,同『書物の日米関係』2007年)。旧植民地の韓国にも戦前期マルクス主義文献が所蔵されていると思われる。これらのことから、国内に限らず国外も視野に入れた探索が必要である。 2,戦前のマルクス主義文献の普及度を測る際に重要な意義を持つ、発行部数と発禁による差押え部数については、従来の研究また本研究当初においては、知り得ないものと考えられていた。しかし近年刊行された『雑誌新聞発行事典』(2011年)、『改造社出版関係資料』(2010年)等の出版・書誌学関係の資料は、それらについて新たな知見をもたらしつつあり、その調査は本研究課題にとって極めて重要である。 上記1,2は本研究当初には知り得なかった新資料・知見であるが、本研究課題に密接な関連性を有しており、今後の研究実施計画に加えて調査を行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当該研究費は国立国会図書館等での資料調査の旅費、複写費等を主目的としていた。調査は予定通り進められたが、少額の残額が発生したものである。次年度において資料調査における複写費として使用する。
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Research Products
(1 results)