2014 Fiscal Year Research-status Report
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24530665
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
藤川 賢 明治学院大学, 社会学部, 教授 (80308072)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 社会学 / 公害 / 環境問題 / 解決過程 / 放置の構造 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、複数の事例に基づいて公害問題の解決過程論の形成を目指す取り組みである。 最初にイタイイタイ病問題に着目した。神通川流域では、判決後40年にわたって住民運動が継続されており、企業と連携した発生源対策などの成果を受けて、2013年末に両者の全面解決合意書が締結された。その解決書で確認されたのは、被害補償と土壌復元の成果、発生源対策の成果と、カドミウム腎症に関する住民側と企業側との合意などである。 紙幅が限られているのでカドミウム腎症の問題のみ概術すると、判決後の「まきかえし」によって、政府は1968年の厚生省見解や当初のイ病認定基準を否定する形でカドミウム腎症を補償の対象から外してきた。その背景には、カドミウム腎症が富山以外にも存在し、その完全な救済・予防に多額の費用を要すると考えられたことなどの社会的事情も存在する。環境省研究班は、多年にわたる研究によって微量カドミウムによる健康への影響を示唆しながら、他方、結論としては未解明の部分を理由にグレーゾーンの存在を主張し続けてきたのである。上記の解決合意では、それについて独自の健康管理支援「一時金」などの対応がなされた。 砒素中毒など他の事例を見ても、行政には政治的経済的理由でミニマムの健康被害を補償せず、一定の範囲内で打ち切ろうとする傾向を見て取ることができる。それは審議会など、社会の目から離れたところで決定されることも多い。被害者側からみれば、そこには放置の構造が存在するとも言える。神通川流域の経緯は、それにたいする関係者による解決への努力が一定の成果を挙げた事例でもある。 本研究では、放置の構造と、それに対抗する関係者の解決への試みの過程について、土呂久砒素中毒、ボパール事件、ラブキャナル事件など国内外の事例を比較考察してきた。これまで公表した成果は別記の通りで、現在、これらを統合した報告書作成も進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究における諸事例を整理する共通の軸となるのは<放置の構造>と<解決過程>との対比である。松本三和夫は『構造災』の存在を指摘し、水俣病や福島原発事故の発生過程について論じた平岡義和は、組織的無責任による「不作為の構造」が重大事故を招いたと述べる。こうした加害過程における「不作為の構造」が解決過程にも継続し、放置をもたらしていること、それに対応するためにも関係者による主体的な取りくみの継続が求められることを本研究では見てきた。 ボパール事件は、アメリカの多国籍企業とインドの貧困層という加害・被害の格差を背景に、多重の放置が行われた典型例である。加害企業に有利な和解、慢性的被害や次世代への影響を無視する健康被害の放置、関連する土壌・水質汚染の放置、不平等な補償金配分、アメリカ企業幹部の刑事責任などの課題が今も残されている。その結果、ボパールでは今なお多くの被害者が存在するだけでなく、第二世代・第三世代の新たな被害者が誕生し続けている。 他方、被害地域では、安全な水、正当な補償、子どもなどの救済、土壌復元や刑事責任など、残された課題を追及する運動が継続している。貧しい女性たちなどを中心とするこれらの運動は、大きくはないものの一定の成果を挙げてきた。その重要な一端を担うのが国外からの支援による医療・救済活動である。地域の運動と国際的支援との連携による、国際的な環境正義を求めるキャンペーンの舞台としてもボパールの重要性は高い。 これは、ラブキャナル事件を端緒とする草の根環境運動から、有害化学物質に関する「住民の知る権利」を求める運動や、環境人種差別の撤廃を求める環境正義の運動がアメリカで起きるのと時代的に重なる。これらの事例や主張をめぐる具体的な関係性について、現在確認中である。日本を含めて、こうした国際的な重なりの存在を確認できたことは、本研究の成果と考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
当面の課題として、連携研究者、研究協力者とともに、これまでの研究成果を総合した報告書を作成することがある。現在、執筆・編集作業を進めながら、イ病住民運動、土呂久砒素中毒とアジア砒素ネットワークの活動、福島原発事故などについて、現状と今後の方向性を再確認するフォロー調査を行っている。 その上で、今後とも解決過程の国際比較についての研究を継続していく。神通川流域の発生源対策は他国からも注目され、アジア砒素ネットワークは砒素公害の経験を活かしながらアジア各国の砒素汚染、水質の安全性、貧困問題などに取り組んでいる。また、ボパール事件をめぐる国際的キャンペーンの展開では、予防原則、知る権利、環境正義、企業の国際的責任などは、環境運動の国際的主張が明確に統合化されてきたと言える。ただし、他方で、ラブキャナル事件、ボパール事件とも、地域に根差した運動という側面も強い。地域の動向と国際的展開の関係をどのように整理するか、本研究の課題である。リスク評価・地域差別・被害放置など、国内での先行研究も豊富で、これまでの研究でも事例を通じて確認できた主題を軸に調査と理論化を重ねる。 関連して、福島原発事故について継続的調査を行う。帰還と移住に関する補償や低レベル放射線リスクの評価、原発再稼働をめぐる動向など、この問題では不確定要素が多く、前途に予断がゆるされない。広島・長崎のほか、被ばくをめぐる歴史の中には、長期的な被害放置の例もあり、福島でも同様の放置や追加的被害が生じる懸念は残っている。これらについて、1)意思決定過程と住民参加の可能性、2)被害者の社会経済的地位などが解決過程に及ぼす影響を踏まえた正義論の可能性、3)正義論を踏まえた汚染原因者や行政などの責任とくに社会的責任のあり方の3点を軸に、国内外の事例比較をまじえつつ、福島原発事故問題のよりよい解決の方向性を探っていきたい。
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Causes of Carryover |
福島原発事故後の解決過程における変化が大きく、とくに2014年度には川内村などでの調査が続いた。そのため、富山、宮崎などでの調査回数を減らして、福島調査の回数を増やした。その旅費の差額が、次年度使用額が生じた一つの理由である。 もう一つは、意図的なもので、富山や福島での動きを見ていく中で、2015年度にはこれまでの研究成果を一冊にまとめたいと考えるにいたった。ある程度の準備がととのったため、富山、宮崎、福島などでの確認・追跡調査と、連携研究者などとの打ち合わせを行うための編集経費を次年度分として残した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
富山、宮崎、福島などでの現状確認とフォロー調査を行う。これを夏までに終えた後、編集作業のための研究会を開催する。以上の旅費および関連経費によって使用の予定である。 なお、福島調査については、2015年度分の研究費もあり、本研究費は、上記の編集計画にかかわる出張調査の際に使用する。
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Research Products
(6 results)