2013 Fiscal Year Research-status Report
低エネルギー電子による生体損傷機構の分子論的理解の深化
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24550008
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Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
高柳 敏幸 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (90354894)
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Keywords | 放射線損傷 / 反応動力学 / 電子衝突 / 量子動力学 / 電子状態理論 / 共鳴アニオン / 水和電子 / 溶媒和電子 |
Research Abstract |
本年度は、水和電子の電子励起状態の緩和過程の同位体効果、および余剰電子によるグアニン‐シトシン塩基対の解離反応過程についての研究を行い、一定の成果を得た。 水和電子に関しては、前年度に開発した、電子の運動を3次元波束法で扱い、水分子の核運動をリングポリマー動力学法で扱うハイブリッド理論を用いて、励起状態緩和過程、その分子論的機構、および同位体効果について研究を行った。水分子50個からなるアニオンクラスターのS型基底状態をP型の励起状態に励起し、非断熱緩和過程をシミュレーションした。計算コードの並列化も行い、結果としてより多くのトラジェクトリーを得ることができた。計算の結果、軽水クラスターにおける電子緩和時間は約120フェムト秒となり、重水クラスターの約半分になることが分かった。また、得られた結果は、米国のグループによって行われた実験結果とよく一致した。非断熱緩和機構を詳細に検討した結果、水の双極子モーメントによってできる引力ポテンシャルの形状が緩和機構を決定していること、および緩和時間が水分子の再配向時間と関連しており、これが同位体効果を生んでいることが分かった。欧文誌Int. J. Quantum Chem.に投稿し、既に掲載されている。 電子とグアニン-シトシン塩基対との反応に関しては、密度汎関数法による電子状態計算を行い、余剰電子が双極子場にトラップされ、その後グアニンの反結合軌道に移り、その後グアニンのプロトンがシトシンに移動することが分かった。この機構により、電子が塩基対構造を変形させることになり、結果として放射線損傷を起こしていることを見出した。また、プロトン移動については、ポテンシャルエネルギー面を作成し、リングポリマー動力学計算を行い、時間スケールについて知見を得ることができた。研究成果は、J. Phys. Chem. Aに掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、リングポリマー分子動力学法の計算コードが作成でき、並列化も行えたため、順調に本研究を進展させることができた。水和電子の緩和時間に関する同位体効果についての計算結果は、過去に行われた実験結果を良く再現し、水分子の核量子効果が重要であることを主張することができた。また、この方法を低エネルギー電子による塩基対損傷にも適用することができ、重要な知見を得ることができた。しかし、今後、本来、余剰電子が塩基対に付着すると、まず有限な寿命をもった共鳴状態が形成されることがわかっているが、本研究ではこの取扱いについてはまだ踏み込めていない。したがって、共鳴状態を理論的にどのように取り扱うかを今後十分に検討する必要があることがわかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2014年度は外部の研究者と協力して、余剰電子が分子に付着後に生成する共鳴状態の理論的な記述ついての解決を図る予定である。これができれば、電子が分子に付着した直後からの量子シミュレーションが可能になり、低エネルギー電子による放射線損傷の分子メカニズム理解の大きな一歩となる。また、水和電子と生体分子との反応過程を直接取り扱うことができるように理論を拡張する予定である。
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Research Products
(9 results)