2012 Fiscal Year Research-status Report
慈雲著『法華陀羅尼略解』をめぐる文献学的ならびに密教史学的研究
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24652008
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Research Category |
Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
秋山 学 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (80231843)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
秋山 佳奈子(吉森佳奈子) 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (10302829)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 『法華陀羅尼略解』 / 天台真盛宗 / 西来寺 / 宗渕 / 妙有 / 慈雲 / 大乗戒 / 正法律 |
Research Abstract |
筑波大学附属中央図書館に所蔵される慈雲最晩年の直筆本『法華陀羅尼略解』(1803年3月4日付)をめぐり,津市の天台真盛宗(天台律宗)・西来寺経蔵に『略解』の写本が所蔵されていることが判明した.西来寺本は,同寺第31世宗渕(1786-1859)が,松坂来迎寺に住持する親友妙有(1781-1854)の所持本を某弟子に書写させたものであり,1838年5月21日の日付が残る同奥書には「右妙法経中陀羅尼句釈者 慈雲尊者飲光比丘所著也」とある.2010年に筑波大所蔵本が慈雲の直筆であることを公にした際には,その筆勢,梵字サイン「カーシャパ」,および奥書の日付と「臘六十四・行年八十六」という記載の関係から慈雲直筆と割り出したのであるが,先の西来寺本の奥書は,『法華陀羅尼略解』が慈雲の著作であるということを初めて客観的に証明する典拠となった.西来寺本の本文の筆跡は,この宗渕の奥書とは別の手になり,また妙有の筆跡とも異なるため,現在なおこの筆記者を探索中である.現在の予測としては,西来寺本が大量の欄外注を含めて一様に同一の手になると思われることから,おそらくは,①まず妙有が現筑波大本を書き写し,それに自ら詳細な欄外注を書き加えた.②それを宗渕が借り受け,全体を一人の弟子に筆写させ,これが現在西来寺経蔵に残る,ということになろう.妙有が慈雲門下に弟子入りしたのは1803年,妙有23歳・慈雲85歳のときのことであり,同年10月に妙有は慈雲より悉曇の許可灌頂を受けている.おそらく慈雲は,自らの門を叩いた若き天台律僧の妙有に,成稿後まもない『法華陀羅尼略解』を見せて写させ,妙有はこれを生涯肌身離さず持して参観し,頻繁に書き込みを行ったものと思われる.こうして天台真盛宗諸僧と慈雲の交流が行われたのは,前者が大乗戒とはいえ戒律の護持を強調し,後者は正法律を唱導する一派であったということが関係していよう.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度,研究代表者は「慈雲と天台僧たち─『法華陀羅尼略解』の位置づけをめぐって─」を『文藝言語研究 文藝篇』第62巻(2012年),1-41頁に執筆した.この中で,上記「研究実績の概要」に記したような結論のほか,天台律宗と正法律に共通する要因として,朝夕の勤行における「五悔」的要素の共通性が指摘することができた.慈雲が最晩年に『法華経』の陀羅尼を取り上げてその注疏を記したのは,『妙法蓮華経』を儀軌化した『観智儀軌』のうちに,天台系の「法華懴法」と真言系の「五悔」が併せ含まれているという事実に彼が注目したためと考えられる. また,これは想定外の成果であったが,ハンガリーの書評専門誌KLIOへの執筆依頼があり,研究代表者が2010年に「慈雲尊者と悉曇学~自筆本『法華陀羅尼略解』と「梵学津梁」の世界~」と題して筑波大学附属図書館で開催した図書展示会のカタログを書評した.悉曇学は近代に至るまで日本で継承され,時期的に欧米でのインド学興隆に先立つところから,今後わが国における独自の文化的遺産として脚光を浴びるべきものと考えられる. このほか,比較宗教学領域での成果といえるものに,ギリシア教父・アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』に関する研究代表者の全訳プロジェクトがあり,本年度はその第1,2,3巻の邦訳を完成させた.『ストロマテイス』は,キリスト教文献の中で最も早く仏教に関する言及が認められる著述として著名であり,仏教をどのような形で,どのような意義のもとに世界次元で位置づけるかを考えた場合,極めて有効である. こうして本企画1年目の今年度は,主に本研究における「文献学的側面」の面に十分な達成が得られたほか,主として戒律の側面から『法華陀羅尼略解』に光を当てることができたと考える.これを密教学的次元にまでいかに止揚してゆくかを,第2年目・平成25年度の課題として設定しておきたい.
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Strategy for Future Research Activity |
上述のように,今後は慈雲と『妙法蓮華経』の関わりをめぐり,密教史の視座で探求を深める予定であるが,その関連で検討したい課題として,わが国における『法華経』の受容史の問題がある.通常『法華経』といえば平安期の天台宗ないし最澄における受容が本邦における重要な一段階として位置づけられるが,最澄に先立ってわが国に「天台三大部」を請来したのは鑑真(688-763)である.慈雲は『仏弟子の意得』ほかの著述において天台三大部の研鑽を勧めるが,特に『摩訶止観』に対して篤い傾倒を見せる.慈雲は,密教に関しては西大寺系の叡尊そして空海の法統を継受する一方,戒律に関しては唐招提寺系の覚盛を経て鑑真へと遡源するため,天台三大部の受容においても,これを請来した鑑真を重んじたものと考えることができる.次年度は,密教次第の比較と併せ,鑑真を初めとする奈良天台の実態解明,そして正法律と他宗教との比較検討にも力を注ぎたい.
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
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