2013 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
24653020
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Research Institution | University of Toyama |
Principal Investigator |
香川 崇 富山大学, 経済学部, 教授 (80345553)
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Keywords | 民法 / 時効 |
Research Abstract |
平成25年度は、イギリス法に関するヨーロッパ人権裁判所の判例を検討した。具体的には、消滅時効に関する[1]CEDH, 22 oct. 1996と、取得時効に関する[2]CEDH,15 nov. 2005と[3]CEDH,30 aout 2007である。 [1]では、イギリスの出訴期限法の定める6年の期間制限と、ヨーロッパ人権条約(以下、条約という)6条1項の「公正な裁判を受ける権利」の関係が問題となった。ヨーロッパ人権裁判所は、消滅時効の目的と手段が比例したものであるとして、消滅時効が条約6条1項に反しないとした。 これに対して、[2]では、イギリスの1925年の土地登記法における取得時効と条約第一議定書1条の「財産権の保障」の関係が問題となった。[2]は、取得時効が条約第一議定書1条に反するとした(4対3)。そこで、イギリスが上訴し、[3]の大法廷判決に至った。[3]の法廷意見は、期間制限につき一般的な利益があるとして、取得時効制度の目的を肯定した上で、所有名義人に手続上の保護がなかったとはいえないこと等から、目的と手段に公正なバランスがあるとして、取得時効が条約第一議定書1条に反しないとした(10対7)。もっとも、[3]には、合計7名の反対意見(5名による共同反対意見と2名による反対意見)が付せられ、共同反対意見は、所有名義人に取得時効による損失補償がないことに着目し、補償に代わる手続保障(所有名義人の権利行使機会の確保)が1925年の土地登記法に欠けているという。 以上の検討から、(1)時効制度の中でも取得時効においては、財産権を保障する条約第一議定書1条との関係が問題となること、それゆえ、(2)取得時効の条約適合性の判断においては、損失補償に代わって所有名義人を保護する方法、すなわち所有名義人の手続保障の存否が重要な意味を持つことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、基本権の保護の要請と時効制度の関係について、ヨーロッパ人権裁判所の判例やヨーロッパ諸国の議論を検討し、時効制度につき新たな解釈を構築することである。 平成25年度においては、ヨーロッパ人権裁判所判例([1][2][3])を検討した。この検討によって、①[1][3]は、時効制度に対して目的手段審査を実施し、時効制度が人権条約に反しないとしたこと、②イギリスの消滅時効は条約6条に関係し、イギリスの取得時効は条約第一議定書1条に関係すること、③[3]の共同反対意見が端的に示すように、取得時効に関する目的手段審査においては、所有名義人に対する損失補償に代わる手続保障、すなわち、所有名義人の権利行使機会の確保の存否が重要な意味を持つことが明らかとなった。 従来のわが国の時効法研究では、時効の存在理由、すなわち目的に着目されることが多く、その目的達成のための手段が比例したものであるかという点が看過されていたように思われる。平成25年度の研究成果である①③は、わが国における時効法研究に重要な示唆を与えるものである。特に③は、取得時効によって権利を失うことになる所有名義人の手続保障の重要性を示唆するものである。したがって、今年度の研究によって、わが国の時効法の解釈につき新たな手がかりを得ることができたものといえよう。
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Strategy for Future Research Activity |
[2][3]の原審であるJA Pye(Oxford)Ltd v Graham [2002]UKHL 30, [2002]3 All ER 865判決よりも前から、イギリスでは土地登記法の改正作業が進行しており、2002年に土地登記法が改正されている。 先に見たように、前掲[3]の共同反対意見は、1925年の土地登記法では所有名義人の手続保障が十分でないと指摘していた。すなわち、1925年の土地登記法は、不注意による権利喪失から所有名義人を保護するために適正なシステムを有していないという。しかし、共同反対意見は、イギリスの2002年の改正規定が、不公正であり、目的との比例性を欠く1925年の土地登記法を本質的に変えるものであるという。つまり、共同反対意見の立場からしても、2002年の改正土地登記法における取得時効制度は、所有名義人の手続上の保護が十分備えられたものであり、条約に適合した制度であると理解しうるのであろう。 そこで、平成26年度においては、イギリスにおける2002年の土地登記法改正の立法過程を検討し、2002年の土地登記法における取得時効制度を明らかにする。2002年の土地登記法における取得時効の検討においては、特に、所有名義人の手続上の保護方法に着目する。 また、上記のヨーロッパ人権裁判所の判例やイギリスの土地登記法改正に関する議論は、同様の取得時効制度を備えるヨーロッパ諸国にも妥当しうる。そこで、ヨーロッパ人権裁判所の判例やイギリスの土地登記法改正が、他のヨーロッパ諸国(フランスやベルギー等)においてどのように理解され、どのような影響を及ぼしたのかという点についても検討する。
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