2012 Fiscal Year Annual Research Report
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24820020
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
土口 史記 京都大学, 人文科学研究所, 助教 (70636787)
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Project Period (FY) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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Keywords | 中国古代史 / 簡牘 / 文書行政 / 領域支配 |
Research Abstract |
本研究は、中国古代における簡牘を中心とした新出土資料を利用し、秦漢古代帝国の領域支配を支えた文書行政のあり方と地方統治機構の実態を解明することを目的とする。本年度は、文書行政制度の考察に重点を置き、研究を進めた。 秦漢期の文書行政研究に関しては、大きく分けて二種類の根本資料が存在すると言える。一つは、長江流域出土の法律文献、とりわけ「行書律」で、文書送達のシステムおよびそれに関わる設備、官員の規定など、制度の外郭を示すものである。いまひとつは、主として西北辺境で出土している文書簡であり、それは実際に使用された行政文書そのものである。近年では辺境以外でも、湖南省において里耶秦簡が発見され、現在最も資料的価値が高く、研究者の注目を集めているところである。これによって新たな研究成果が豊富に提出されてはいるが、私見によればそれらと従来の西北辺境出土漢簡による研究成果とはなお十分に結びついているとは言い難い。そこでまず必要となるのは、従来の研究の具体的な成果と、それが新しい資料といかなる関係を持つか、という議論の綿密な整理である。 以上のような問題意識に基づき、本年は「中國古代文書行政制度―戰國秦漢期出土資料による近年の研究動向―」を執筆した。本稿の主眼は研究動向の総括にあるが、従来の研究の問題点を指摘することを重視するとともに、いくつかの独自の実証研究による知見をも盛り込んだ。例えば(1)「郵書」なる語彙が特定の資料に偏在していることを明らかにし、「郵」制度の性格変化を考慮すべき必要性を指摘した点、(2)文書下達の経路について、居延出土の漢簡にもなお傍証としうる資料が存在することを指摘した点などである。なお、執筆にあたっては中央研究院歴史語言研究所において1930年代出土漢簡の実見調査を行った。調査に協力いただいた関係各位に感謝したい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
中国古代文書行政研究の現段階における議論の所在とその限界、問題点を細部にわたって具体的に把握、整理できたことは、今後の研究にもつながる大きな成果であった。その中でも「郵書」や下達文書の送達経路などに関して独自の見解を提示できたことは、「研究実績の概要」にも記述した通りである。 また、個人による簡牘の実見調査は今回初めて行ったが、関係機関の協力もあって極めてスムーズに進行した。とりわけ簡牘上の筆跡について、報告書の写真のみではわかりづらい墨の濃淡、筆画の重なりを肉眼で確認できたことは大きな収穫であった。 一方で、当初予定していた戦国楚簡と秦漢簡との比較研究は十分に深めることはできなかった。これは、その時代のちょうど中間に位置する里耶秦簡が新たに公開され始めたことで、その研究に時間を割かざるを得なかったためである。ただ里耶秦簡は質・量の双方からして現在もっとも重要な資料であることは間違いなく、次年度以降もこれを中心に研究をすすめていくのが妥当であるという手応えを得ている。里耶秦簡により示された文書制度の整備状況は、楚簡におけるそれと比較したとき、一層明確である。現時点でこの間の発展の過程を詳細に跡づけることは不可能であるが、資料の少ない楚簡よりは秦簡にまずは研究の中心を置くことが最善である。
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Strategy for Future Research Activity |
現状、里耶秦簡および肩水金関漢簡の公刊が順調に進んでいるため、これらの資料の活用に重点を置いて今後の研究は進めていかねばならない。とりわけ里耶秦簡は報告書の出版とほとんど時を置かずに武漢大学によって注釈が別に出版されたことは、簡牘読解のために非常に大きな利便性を提供している。 【現在までの達成度】の項目において、今後は里耶秦簡の研究にまず重点を置かねばならないことを述べた。当初計画においては、第二年次で申請者のこれまでの成果を発展させるべく、地方統治機構の制度構造を復元することを課題としており、この方向性に変更の必要はないが、申請者の以前の成果は、一部しか公開されていなかった里耶秦簡を用いるに留まったため、今後新たに公開される分に基づいて知見の検証を行わねばならない。既に2011年公開分を通覧するだけでも、縣の内部組織についてこれまでに見えなかった官職が多数見えており、それらの性格把握だけでも少なくない労力を要すると考えられる。当初計画においては里耶秦簡による秦代の縣の構造復元とともに、辺境漢簡に見える候官との比較研究をも予定していたが、前者により多くの時間を割く必要がある。また秦簡と辺境簡とでは、年代にしておよそ百年の隔たりがあるため、制度構造を取り出すだけにしても、両者の単純な比較は危険であると考えるに至った。従って、むしろ前漢初年の文書簡牘(長江中流域出土の鳳凰山漢簡や松柏漢簡など)を、数量は少ないながらも検討材料に加えていく必要があるだろう。
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