2015 Fiscal Year Annual Research Report
聴覚文化・視覚文化の歴史からみた「1968年」:日本戦後史再考
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25284036
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
渡辺 裕 東京大学, 人文社会系研究科, 教授 (80167163)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
佐藤 守弘 京都精華大学, デザイン学部, 教授 (10388176)
輪島 裕介 大阪大学, 文学研究科, 准教授 (50609500)
高野 光平 茨城大学, 人文学部, 准教授 (70401156)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | メディア論 / 日本戦後史 / 聴覚文化 / 視覚文化 / 大衆文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
計画3年目の本年は、各個人がそれぞれの分担課題に即した研究の基盤をほぼ作り終え、最終年度にそれを「1968年」という共通テーマに向けて落とし込んでゆく準備を整えた一年であった。研究代表者の渡辺は、「1968年」に少し先立つ1964年に開催された東京オリンピックについて、市川崑監督によって制作された記録映画や大会後におびただしい数つくられたレコード、ソノシートなどの記録音源などを対象とした研究を進めた。記録映画制作の内部資料をたまたま入手しえた幸運もあり、これらを切り口に、戦後日本の新たな出発点とみられてきたこの大会が、実はかなりの部分、それ以前の、場合によっては戦前からの文化の延長線上に成り立っていることが明らかになった。こうした「前夜」の状況との対比を通して、本研究の主題である「1968年」の輪郭がさらにくっきりしたものとなった。佐藤は、民衆娯楽という切り口から歴史をさらに大きく大正期まで遡り、権田保之助による浪花節の位置づけを明らかにすることで、これを参照項として、小沢昭一、永六輔らを担い手とした「1968年」以後の放浪芸的な民衆芸能再評価の意味や位置づけを考えてゆくための基礎を整えた。輪島もまた、演歌などかつて「俗悪」とされた大衆音楽が再評価・再編成されてゆくこの時代のいわば、小沢や永の音楽版ともいうべき動きを検証し、その中でそれまでの時代の大衆音楽の多様性が抑圧され、失われてゆく過程を美空ひばりなどの事例を通して検証する研究を推し進めた。一方、高野は以前からの研究対象であった京都精華大所蔵の初期テレビCMのデジタル・データベースに1960年代終盤から70年代初頭にかけてのCMが追加されたことを受け、この時代の「商品のある暮らし」や「人と商品との幸福な関係」の表象の状況や、それがその後の「昭和ノスタルジー」の伏流となってゆく過程の研究を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」の項で述べたように、本年は各自がそれぞれに少し射程を広くとって自らの分担課題周辺の基礎固めを行い、それらを最終年度に「1968年」という共通テーマに落とし込んでゆく準備を整えた。渡辺は初年度にディスカバー・ジャパン論を著書《サウンドとメディアの文化資源学》の一章として発表した後、昨年の新宿フォークゲリラ、今年の東京オリンピックの記録映画と、順調に論文を書き終えているが、その成果の一部を一般向けの小論のような形で公開しただけで、論文そのものはまだ発表していない。他の3人のメンバーの場合にも、成果の中心部分を必ずしもまとまった形で公開するにいたっていないケースもあるが、研究そのものは順調に進んでおり、むしろこれから、本研究プロジェクトのテーマ研究として、各人の成果をすりあわせ、全体をまとまった形で公開してゆくためのやり方をしっかりと考えてゆく段階にきている。すでにこれまでの研究会や打合せなどの会合を通して、基本的な問題意識はほぼ共有されており、それを書籍の形にまとめることでも同意ができているため、比較的順調に進めてゆくことができる見通しである。具体的な出版についても、引き受けてくれる可能性のある複数の編集者とのやりとりを少しずつ進めているが、今のところ比較的好感触であり、単に芸術の専門研究者だけに読まれる学術論文集としてではなく、歴史学、社会学、文化研究などに関心をもつ人々に広く発信できるような出版物にしてゆく方向で、できるだけはやく具体化させてゆきたい。他方、研究をまとめるにあたっては、並行して、研究の過程で収集した資料の集積・データベース化も進めてゆくことを目標にしていたが、こちらについては対象がかなり多岐にわたっていることもあり、個人レベルでの整理、保存にとどまり、プロジェクト全体として一般に公開するところまでは進めそうもないのが残念である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、最終年度に向けて、成果の公開を視野に入れた「まとめ」の時期にはいってゆくことになるが、最終年度の研究会ではまずは渡辺が、オリンピックの記録映画の研究を通して得た知見について発表し、こうした認識を他の研究分担者とも共有することで、プロジェクト全体としてのさらに大きな展開につなげてゆく起爆剤にしてゆきたいと考えている。そこから先の展開については、研究全体を最終的に書籍の形で出版するにあたり、どのような形にするかということとの関わりの中で進め方を考えてゆくことになる。現段階では、4人の参加メンバーが問題意識を深く共有し、緊密な連関を保ちつつ研究を積み重ねてきている現状に鑑み、いたずらに間口を広げることにはかえって問題を拡散させてしまう危険があるという判断から、この4人のメンバーが各2本程度の論文を寄稿する論文集という、比較的シンプルな形態を考えている。可能ならば、共同研究としての実を形にしてゆくということから、それぞれの論文に対してメンバーがコメントをつけたり共同討議を行ったりする部分を付して一冊にするという方向で進めることを考えており、そのためには各論文についての討議を収録するために研究会を何回か続けて開催するようなことが必要になってくるかもしれないが、メンバーそれぞれが国際学会で発表することなどもすでにいくつか予定されており、そのために必要な日程を十分に確保することは難しいかもしれない。いずれにせよ、本研究の終了時期までにはメインの原稿は揃えられるくらいのテンポ感で進めてゆきたい。それと同時に、このテーマでの研究の今後のさらなる展開につなげてゆくために、成果出版物の刊行だけで終わることなく、収集した資料のデータベース化やその保存、公開に向けた取り組みも、不十分ではあってもできるところまで進めたい考えている。
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Causes of Carryover |
本年度は、最終年度に向けて個々人の成果をすりあわせるための会合や学会等での成果発表のための旅費を多く計上していたが、実際には、それらの多くが他の財源での出張の一部でまかなわれる結果になった。全体としては活動自体が予定より減少したわけではないが、一年前の段階で模索していた大正イマジュリィ学会との共催によるシンポジウム企画が、メンバーの日程を揃えることができず、メンバー一名が個人で参加するにとどまったことも、旅費の支出が予定より大きく減少した一因となった。物品費の支出はほぼ予定通りであったが、人件費その他の支出については、昨年の報告書でも述べたように、研究全体として聞き取り調査やその整理などの要素が大幅に減少したことに加え、資料のデータベース化作業の遅れなどから、当初計上した支出がほとんど不要となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
これまでの研究の進展のなかで、フィールドワーク調査などの要素が当初の予想より大幅に減少したのに対し、1960-70年代の研究にとっては、図書館等で閲覧できる通常の図書だけでなく、個別的な研究対象に関わるさまざまな一次資料を購入することの必要性が予想以上に大きいことが認識されるようになった。さらに、この時代の活動を担っていた人々の高年齢化に伴い、それらの資料が散逸しかかっている状況から、この研究を機縁として将来のアーカイヴ化を視野に入れつつ、それらのさまざまな一次資料を入手して保存することも求められている。最終年度にあたり、これまでよりは多めの額が残った形になっているが、すでに購入を予定しながら本年度に間に合わず、次年度にまわしたものなどもあり、またメンバーが発表する予定の国際学会などもいくつかあることから、物品費と旅費を中心に、残額全部を使い切る見通しがほぼ立っている。
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Research Products
(13 results)