2015 Fiscal Year Annual Research Report
量子・情報科学理論の融合による生体反応場の統合的解析
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25287099
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
舘野 賢 兵庫県立大学, 生命理学研究科, 教授 (40291926)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山崎 和彦 国立研究開発法人産業技術総合研究所, その他部局等, 研究員 (00358243)
筒井 公子 岡山大学, 医歯(薬)学総合研究科, 名誉教授 (70144748)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 計算科学 / 情報科学 / 量子科学 / 生命物理学 / 電子構造理論 / 生体高分子 / DNA / タンパク質 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,ラットのDNA topoisomerase IIb (トポIIb)によるゲノムDNAの分子認識と触媒反応の解析を,量子科学的解析技術などを駆使して推進した。X線結晶構造解析では,リン酸骨格の切断反応が終了した時点を,阻害剤によってトラップして解析するために,それ以前の未反応の「トポIIb・DNA初期複合体」の立体構造を観測することはできない。そのため分子認識や切断反応のメカニズム,およびそれらの事象の間の関係性が未解明である。こうした反応前の初期複合体を構築するために,新たなアルゴリズムを開発しその立体構造の構築に成功した。これはトポIIbによる触媒反応の全過程を初めて解析するための基礎となり,ハイブリッド電子状態計算が進行中である(他の系については次項を参照)。 また昨年度までの研究により,トポIIbにおけるゲノムDNAの結合モティーフが,ゲノムワイドに初めて同定されたため,本年度はその結果を,さらに情報学的に検証するための新たな評価理論を開発した。これにより同定したモティーフの正当性が検証されると共に,同時にそれらのモティーフは,トポIIbによるDNA結合配列の「コア部分」(部分空間)であり,特徴空間の全体はより広い配列空間を有することも分かった。 この結果は,トポIIbが「複数の異なるモティーフ」を認識すると共に,各モティーフの「特徴が非常に弱い」こと,また既存のアルゴリズムではどれも解析が不完全であることを示している。実際には,昨年度の同定結果がそのままその配列パターンの全体とほぼ一致するモティーフも見られたが,それもまた先の再評価法の適用により初めてそれを知ることができる。したがってこうしたデータに対しては,すべてのコア・配列パターンごとに,本理論を適用した再評価が不可欠である。今後,特徴空間全体の解明を目指した理論の拡張を予定している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
量子科学的解析技術等の応用では,重要な生体高分子系(昨年度報告書等参照)の触媒反応やプロトン/電子移動メカニズムなどの解析がほぼ完了した(投稿論文作成中)。トポIIb・DNA複合体では,初期反応前の立体構造の構築に成功し(前述)(投稿論文作成中),触媒反応の解析が進行している。 また,「ゲノムDNAの交差(Crossover)部位に選択的に結合するDNA結合ペプチド」の解析においては,本年度,新たな分光学実験のデータが得られたが,他方でそのデータ解析には,従来の計算法では数学的に解けない問題が見出された。そのため本年度,新たな情報学的解析法を開発し,当該多変量データの困難な処理を実現した(投稿論文作成中)。これらの成果と,DNA・ペプチド複合体の立体構造(投稿論文作成中)を基礎に今後,分子認識・選択性発現の理論の構築を予定している。 特徴が弱い結合モティーフ(subtle/weak motifs)を同定する前項の問題は,従来より常に生命科学の重要課題であった(例えばNature Genet., 22 (1999), 281)。現在それらは解決し(MODICによるGap同定アルゴリズムなど),トポIIbによる結合モティーフの同定もそれらに似ていると思われた。しかし実際には前述のように,従来とは質的に異なる,より困難で新たな情報学的枠組みが,この課題には含まれていることを見出した。 さらに本年度は,「遺伝子の生物機能」と「ゲノムDNAの機能構造」との連関を系統的に解析する「遺伝子クラスタの情報学的同定法」を開発した。これは,前述の結合モティーフなどの知見と合わせて用いることにより,医薬品開発における未知の新規ターゲット探索などにもその応用が強く期待される重要な技術である(投稿論文作成中)。以上のように本課題では,当初の計画を超えた成果が得られた。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度構築した「トポIIb・DNA複合体」の立体構造を用いて,ハイブリッドab initio QM/MM分子動力学計算を進め,初期反応を含む反応サイクルにおける電子ダイナミクスを解析する(量子科学的解析技術)。また本研究で先に得られた結合モティーフ(コア・パターン)の認識メカニズムを,同様にこの立体構造を用いて原子解像度で解析する。 トポIIbのDNA結合モティーフのゲノムワイドな同定においては,これまでに得られたコア配列を元に,より広範な特徴空間の同定を目的として理論を拡張する。すなわち,「特徴の弱い,複数のパターン」が混在している大規模データから,その特徴抽出を正確に行う新規の手法を開発する(情報学的解析技術)。 以上の量子科学的解析から得られる「触媒反応の電子ダイナミクス」と,情報科学的解析から得られる「結合モティーフの特徴的な配列パターン」とを合わせ,それらの相関性を情報科学および構造生物学・電子構造理論によって統合的に解析する。これにより,トポIIbによるゲノムDNAの分子認識と触媒反応との連関を解明する。分子認識と触媒反応とが互いに協奏的に駆動される,初めての生体高分子メカニズムが明らかになる可能性がある。 さらに本年度開発した前述の「遺伝子クラスタ同定システム」を応用することにより,ゲノム内の遺伝子の生物機能を組織的かつ系統的に同定し,上述のふたつの解析技術による成果と合わせて解析する。これによって,例えば脳における学習・記憶のはたらきと,トポIIbによる分子認識・触媒反応との連関(Cell, 161 (2015), 1592など)を,上述の「分子認識と触媒反応の協奏的視点」から解析し,「マルチ・スケールに渡る生命機能システムのメカニズム」の解明を試みる。これは,「電子ダイナミクスから生命機能メカニズム全体を構成する」新たな領域の出発といえるものである。
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Causes of Carryover |
本研究を遂行する中で,特に技術開発等(情報科学的解析法)の段階における予想外の大きな発展により,大規模な生命情報データの意味を深く解析するための鍵となる概念と技術を捉えることができた。そのためそれらの技術開発に充てる期間が,当初の想定よりも結果として多くなった。これにより,本事業における連関する他の課題の遂行を含め,特にそれらの成果発表等が若干後回しになった経緯がある。そこで本事業の延長により,論文投稿や国際会議等における成果発表,ウェブサービスの充実等による情報発信を加え,得られた技術の直接の応用等も進めたいと考え,事業の延長を申請した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
成果発表やウェブシステムの開発・充実等に必要となる,旅費や物品購入費等に使用する予定にある。
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Remarks |
受賞 1)杉本明日香,舘野 賢,第87回日本バイオインフォマティクス学会,研究奨励賞(2015年12月) 2)高橋 侑也,舘野 賢,第87回日本バイオインフォマティクス学会,研究奨励賞(2015年12月)
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Research Products
(41 results)