2015 Fiscal Year Annual Research Report
東ティモールのナショナリズムの人類学的研究:想像される国家と想像される言語
Project/Area Number |
25300046
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中川 敏 大阪大学, 人間科学研究科, 教授 (60175487)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
奥田 若菜 神田外語大学, 外国語学部, 講師 (10547904)
上田 達 摂南大学, 外国語学部, 准教授 (60557338)
福武 慎太郎 上智大学, 総合グローバル学部, 准教授 (80439330)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 国語 / ナショナリズム / 言語ゲーム / 文化 / 中心と周縁 |
Outline of Annual Research Achievements |
5月に大阪大学にて国内研究会を行ない、2015年度は、中心(首都ディリ)と周縁(その他の地域)における言語と国家観の対照に焦点を絞っていくこととした。調査は8月から9月にかけて行われ、10月に調査報告会を行なった。以下その報告にもとづく各自の調査の概要である。 奥田は首都ディリにおいてポルトガル語について精力的にデータを収集していった。国家語として指定されながら、ほとんど喋られることのないポルトガル語の実態がより明瞭となってきた。上田はディリの集住地区の調査を続行した。そこは物理的に中心でありながら、さまざまな地域出身の人々が隣同士で暮す、一種の周縁である。上田の見つけたのは「文化」("kultura") の不思議な現れである。中心に立ち位置を取るならば、「文化」は発展の障害となるモノである。上田は、ディリという中心、すなわち「文化なき都市」において、あらたな文化が生まれつつあることを報告した。 中川は首都ディリのすぐそばにありながら、特別な辺境として位置づけられているアタウロ島で、「プロテスタントのカルト」として知られるラプタの調査を行なった。森田(特別研究員)は、オエクシの国境をめぐる交易の調査をした。東ティモール共和国の、いわば、始まりの地でありながら、現在は辺境として位置づけられるオエクシと、そこに国境をはさんで対峙する人々のあいだの関係は、東ティモールのナショナリズムのねじれた顕現の機会を提供している。(福武の調査は3月に行なわれたので、この報告では省略する。) 10月に行なわれた以上の報告から、「中心と周縁」は、政治・経済的側面だけでなく、あるいはそれ以上に、「文化」 ("kultura") に関わることが、確認された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「中心と周縁」のテーマは、1960年代の新興国の研究のなかでギアツが提唱した「エポカリズムとエッセンシャリズム」の一つの言い換えである。新興国には、一方に普遍・同時代の他の国々を志向する立場(エポカリズム)があり、他方、それぞれの土地・文化を志向する立場(エッセンシャリズム)があるという議論である。わたしたちは、この(ある意味単純な)議論を深化させながら、同時に東ティモールのナショナリズムを理解していこうとしているのである。 ポルトガル語は、東ティモールのエポカリズムの象徴であり、今回のプロジェクトの要の位置を占めるものである。奥田の調査により、これまで不明であったポルトガル語使用の実態があきらかになりつつある。さらに東ティモール唯一のテレビ局、国立放送局での彼女のインタビューは貴重なデータをプロジェクトにもたらした。上田の調査地は、「2006年の暴動」の一つの重要な舞台となった場所である。上田は、人びとによる具体的な国家の語りを丁寧に辿っており、大きな成果をあげた。 福武の注目するウェハリ王国は重要なアイテムである。それは、エポカリズムの象徴であるポルトガルに対抗できる、エッセンシャリズムの象徴でもある。今年度の森田(研究員)のオエクシでの国境をめぐる交易の研究は、エポカリズムとエッセンシャリズム、そして中心と周縁の、単純ではない関係をしめしている。中川の今回の調査の対象であるアタウロ島のラプタ運動は、土着の「文化」を否定する。その意味で反エッセンシャリズムである。しかし、それは国家統合の視点(エポカリズム)からは抵抗勢力とみなされるのである。 それぞれの調査がそれぞれの成果をもちながら、グループ全体として「国家と言語」、とりわけ「中心と周縁」のテーマに収斂しつつある。調査は順調に進んでいると判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
「中心と周縁」は、ギアツの「エポカリズムとエッセンシャリズム」の対立を下敷にしたものである。中心(ディリ)にエポカリズム、周縁(ディリ以外)にエッセンシャリズムを重ねることにより、現在の東ティモール共和国のナショナリズムの状況の理解を目論んだ図式である。2015年度の調査からわかってきたことは、第一に、この図式の不十分さである。たとえばラプタは、中心の近くにありながら周縁として位置づけられる場所(アタウロ島)で起き、エポカリズム的特徴もまたエッセンシャリズム的特徴もあわせ持つのである。しかし、同時に、この図式がラプタを読み解く鍵を提供したことも事実である。議論を積み重ねる中で、わたしたちは、この図式を捨てるのではなく、それを理論的に深化させていくという道を取ることを決定した。
10月の研究会で明かになったのは、「文化」"kultura" がキーワードとなるだろうということである。この点において2010年代の東ティモールは、1980年代のインドネシアと共鳴する。どちらも客体化された文化と呼ぶことができよう。1980年代のインドネシアを理解する重要なキーワードが「文化」 ("kebudayaan") であった。それは「政府によって飼い馴らされた文化」である。しかし、2010年代の東ティモールの「文化」は違う。それは、中心に、政府に抵抗する文化なのである。政府はそれを「封建的な」文化の復興と見なしているのである。
以上の理論的観点をもつことにより、焦点のはっきりした調査を続けていくことができるであろう。また、2016年8月に予定されているディリでのワークショップ、そして2017年度に予定されている日本での国際シンポジウムは、当プロジェクトにとって適切な目標として機能している。ディリワークショップの発表原稿の抄録は、5月を〆切りと設定しており、それに向けて活発な議論がかわされている。
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Causes of Carryover |
研究分担者福武は夏期の長期調査を予定していたが、研究、公務、私事により渡航困難になった。3月に短期の調査渡航をしたが、予定より少額の消化となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
福武の旅費として使用する予定である。
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[Presentation] 人類学的引用論2015
Author(s)
中川 敏
Organizer
日本文化人類学会第49回研究大会
Place of Presentation
大阪国際交流センター
Year and Date
2015-05-30 – 2015-05-30
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